目薬に涼しく秋を知る日かな 内藤鳴雪【季語=秋(秋)】


目薬に涼しく秋を知る日かな

内藤鳴雪


内藤鳴雪がなんとなく好きだ。その名を初めて知ったとき、「鳴雪」という俳号の字面と響きに奥床しさを感じたのと、寄宿舎の監督を務めていた時に寄宿生としてやって来た親子ほどにも年の違う正岡子規の弟子になるという謙虚さがいいなァ、という実にイメージ先行の好もしさなので、なんとなく、としか言いようがないのだ。でも、第一印象や直観は馬鹿にしたものでもなく、平明に軽やかに詠まれている俳句は今でも全く通じる内容で、明治という時代をぐっと身近にしてくれる。

『鳴雪句集』は「緒言」という自身による序文がある。それによると、明治25年に子規たちが俳句を作っているのを見て自分でも真似がしたくなったそうな。一応付け加えておくと、彼は松山藩の上級武士の家に生まれ、8歳の頃から漢籍に親しんでいるのですね。然し、俳句は全くの素人だった。で、物は試しに作った句を子規に見せたところ、「悪くないんじゃね?てか、発句的にいいっすよ」みたいなことを言われてその気になってじゃんじゃん作る。「然るに諸子からは余り評判が好くないのみならず、自分で今度は出来たと思った句が不首尾で、是れはいねかいと思つた句にお点がつく。一向何の事か分らない。少々腹も立つて来た」。このくだり、共感しかない。その後猿蓑を研究して俳句の腕を上げて行くのだけれど、この時鳴雪45歳。そして、彼は漢詩の添削をしてやることもあった21歳下の子規を先生と呼ぶに躊躇しない。再び引くと、「子規子なかつせば僕は勃率たる理屈一点張の人で終はるのであつた」。この緒言だけでも、『鳴雪句集』を読む価値があると思う。

そんな鳴雪の立秋の句。明治時代に既に目薬があったことも初めて知ったけれど、疲れ目に差す点眼薬は時代を越えて爽快なのだ。書籍やスマホを暫し脇に置き、潤いを取り戻した目で見渡す身ほとりの瑞々しさよ。

ついでながら、鳴雪が子規の一周忌に寄せて詠んだ句も紹介しておきたい。

 下手な句を作れば叱る声も秋

『鳴雪句集』は青空文庫で誰でも読むことが出来る。句数も多くはないので、興味を持って頂けたら是非。

『現代日本文學大系95 現代句集』(筑摩書房)より

太田うさぎ


【執筆者プロフィール】
太田うさぎ(おおた・うさぎ)
1963年東京生まれ。現在「なんぢや」「豆の木」同人、「街」会員。共著『俳コレ』。2020年、句集『また明日』


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