亡き母に叱られさうな湯ざめかな 八木林之助【季語=湯ざめ(冬)】


亡き母に叱られさうな湯ざめかな

八木林之助

ファーストフードのフライドポテトが大好きなことに気づいたのは高校生の頃だったと思う。今でも居酒屋に行くと必ず頼んでしまう。はっきりとそれを意識した数週間後、母が「フライドポテトが大好き」と言っているのを聞いて驚いたものだ。遺伝は恐ろしいとすら思った。

しかし今考えてみるとフライドポテトを好きな人の比率は相当高いと思われる。親子ほど強いDNAがなくてもフライドポテト好きは簡単に見つけられる。どちらかといえばわざわざ「好きだ」と意識した記憶が新鮮なうちに同じものを母も「好きだ」と言ったそのタイミングが驚きだ。

亡き母に叱られさうな湯ざめかな

「ほらまた湯ざめするわよ!」風呂上がりにろくに髪も乾かさず暖房の効いていない部屋で何かに夢中になってしまったのだろう。母に叱られそうなことといえばテレビや漫画といったところか。最も湯冷めしそうなのは天体観測?

子どもの頃何度も同じ事をして叱られたのだろう。そして大人になった今も同じ事をしている。そして案の定湯ざめしてしまった。これは母に叱られるパターンだ。もう風邪をひいても看病してくれることはかなわないけれど。

小さい頃は「湯ざめするよ」と母に叱られたものだが、それがどんな状況だったのかあまり思い出せない。最近では家中がエアコンで暖かい生活に馴染み、湯ざめする生活パターンがあまり思い浮かばないのだ。銭湯帰りに寄り道することくらいか。

母に叱られそうなことを思い切りやる。母が元気な間はスリルを楽しむことができるが、亡くなってしまってからではその楽しみはない。しかも母が叱ることは大方自分にとってやらない方が良いことなのだ。そんな中にも楽しみを見つけるのだとすると、「かあちゃんに叱られそうだな」と思いながらやることくらい。

「亡き母」という言葉を使うと感傷に浸っているような表現に陥りがちだが、この句からはそれが感じられない。叱られそうだと思っている自分への客観的な視点が感じられるからだ。苦笑すらしていそうである。

身近な誰かを亡くすということは生活の一場面でその不在にしばしば出会うということ。しかしこの作者は不在を感じていない。それは叱ってくれそうな母の存在をしっかりと感じているからだ。存在には実体が不可欠だが、言葉や教えが体の中に叩き込まれていたらそれはもう実体であり、存在と呼んで良いのではないだろうか。

そのくらい実体を感じる俳句を作れたらなぁ。

吉田林檎


【執筆者プロフィール】
吉田林檎(よしだ・りんご)
昭和46年(1971)東京生まれ。平成20年(2008)に西村和子指導の「パラソル句会」に参加して俳句をはじめる。平成22年(2010)「知音」入会。平成25年(2013)「知音」同人、平成27年(2015)第3回星野立子賞新人賞受賞、平成28年(2016)第5回青炎賞(「知音」新人賞)を受賞。俳人協会会員。句集に『スカラ座』(ふらんす堂、2019年)


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