先生が瓜盗人でおはせしか
高浜虚子
なんとなく始めた俳句。基本的なことを学ぼうと入門書を買って読んでみたけれど、あまり楽しくない。友人お勧めの句集を買ってみたけれど、全然わからない。そんな頃、解説文のある俳句の本ならわかるかも?と探して見つけたのが、『虚子に学ぶ俳句365日』(草思社)。この本で掲句を見つけたとき、「こんな場面が俳句になるんだ!」と、俳句を心から面白いと思えた。今でもしっかり覚えている。そんなワクワクした気持ちにさせてくれた、私にとって大切な一句だ。明治二十九年作のこの句は、『五百句』では頭から十二番目に、虚子編『新歳時記』では<瓜>の例句として掲載されている。
(ここのところずっと畑の瓜がなくなっているな。もう何回目やねん。さすがに我慢の限界や。今日こそは犯人を捕まえてやる!)
と、畑の主が隅っこで畑を見張っていたら…
(あれ、先生やないか?えええー先生いま瓜取った!あかん、逃げるつもりやわ)
先生、現行犯である。
「ああ、すみませんすみません…。あまりにも美味しそうなので帰り道ついつい…」と、先生平謝りする。
「まあ先生なら仕方ないですわ、娘がお世話になってるし。持って帰ってください。今度からは差し上げますから言ってくださいや。あはは」と主。
そんな畑の主の心の声や先生の弁明なども聞こえてくるようで、場面が浮かび上がってくる。臨場感たっぷりで、とっても滑稽だ。この滑稽さは<瓜>という季語からくるものだろう。下五の尊敬語もその滑稽さを絶妙なものにしている。諧謔味に溢れている。
私はここからさらに、翌日の先生の職場である学校での生徒たちの話までも妄想してしまう。
生徒A「聞いてきいてー、先生やってん!」
生徒B「なにが?」
生徒A「うちの畑な、瓜がちょっとずつなくなるって言ってたやんか」
生徒B「まだなくなってたん?猪とかとちゃうの?」
生徒A「そうかもしれへんなって、お父ちゃんが今日こそ犯人を捕まえてやるって、畑を見張っててん。そしたらな、そこに先生が来て、まわりをちょろちょろ見渡しながら瓜取ってん!」
生徒B「まじで!信じられへん!」
生徒C「でもあの先生なら取りそうやな」
生徒B「あ、先生きた」
先生俯きながら入室。
まだまだ妄想は膨らむので、一旦ここで終了するが、とっても楽しいではないか。何を詠んでもよいのだなと、一気に俳句に夢中になった。
私の所属する「秋草」には、小説などはあまり読まない、なんなら虚子さえ読んでいればそれでよいと仰る大先輩がいる。この先輩のお気持ち、実はとてもよくわかる。一句でこんなに楽しませてくれるのだから。無人島に一冊だけもってゆくことができるのであれば、迷うことなく虚子の『五百句』にしようと思っている。
(村上瑠璃甫)
【執筆者プロフィール】
村上瑠璃甫(むらかみ・るりほ)「秋草」所属
1968年 大阪生まれ
2018年 俳句を始める
2020年12月 「秋草」入会、山口昭男に師事
2024年6月 第一句集『羽根』を朔出版より刊行これまで見たことのない大胆な取り合わせに、思わずはっと息をのむ。選び抜かれた言葉は透明感をまとい、一句一句が胸の奥深くまで届くような心地よさが魅力。今、注目の俳誌「秋草」で活躍する精鋭俳人の、待望の初句集!「秋草」以後の298句収録。
村上瑠璃甫句集『羽根』
発行:2024年6月6日
序文:山口昭男
装丁装画:奥村靫正/TSTJ
四六判仮フランス装 184頁
定価:2200円(税込)
ISBN:978-4-911090-10-7 C0092
2020年10月からスタートした「ハイクノミカタ」。【シーズン1】は、月曜=日下野由季→篠崎央子(2021年7月〜)、火曜=鈴木牛後、水曜=月野ぽぽな、木曜=橋本直、金曜=阪西敦子、土曜=太田うさぎ、日曜=小津夜景さんという布陣で毎日、お届けしてきた記録がこちらです↓
【2024年6月の火曜日☆常原拓のバックナンバー】
>>〔5〕早乙女のもどりは眼鏡掛けてをり 鎌田恭輔
>>〔6〕夕飯よけふは昼寝をせぬままに 木村定生
>>〔7〕鯖買ふと決めて出てゆく茂かな 岩田由美
【2024年6月の水曜日?☆阪西敦子のバックナンバー】
>>〔124〕留守の家の金魚に部屋の灯を残し 稲畑汀子
【2024年6月の木曜日☆中嶋憲武のバックナンバー】
>>〔1〕赤んぼころがり昼寝の漁婦に試射砲音 古沢太穂
>>〔2〕街の縮図が薔薇挿すコップの面にあり 原子公平
>>〔3〕楽譜読めぬ子雲をつれて親夏雲 秋元不死男
【2024年5月の火曜日☆常原拓のバックナンバー】
>>〔1〕今年の蠅叩去年の蠅叩 山口昭男
>>〔2〕本の背は金の文字押し胡麻の花 田中裕明
>>〔3〕夜の子の明日の水着を着てあるく 森賀まり
>>〔4〕菱形に赤子をくるみ夏座敷 対中いずみ
【2024年5月の水曜日☆杉山久子のバックナンバー】
>>〔5〕たくさんのお尻の並ぶ汐干かな 杉原祐之
>>〔6〕捩花の誤解ねぢれて空は青 細谷喨々
>>〔7〕主われを愛すと歌ふ新樹かな 利普苑るな
>>〔8〕青嵐神社があったので拝む 池田澄子
>>〔9〕万緑やご飯のあとのまたご飯 宮本佳世乃
【2024年5月の木曜日☆小助川駒介のバックナンバー】
>>〔4〕一つづつ包むパイ皮春惜しむ 代田青鳥
>>〔5〕しまうまがシャツ着て跳ねて夏来る 富安風生
>>〔6〕パン屋の娘頬に粉つけ街薄暑 高田風人子
>>〔7〕ラベンダー添へたる妻の置手紙 内堀いっぽ
【2024年4月の火曜日☆阪西敦子のバックナンバー】
>>〔119〕初花や竹の奥より朝日かげ 川端茅舎
>>〔120〕東風を負ひ東風にむかひて相離る 三宅清三郎
>>〔121〕朝寝楽し障子と壺と白ければ 三宅清三郎
>>〔122〕春惜しみつゝ蝶々におくれゆく 三宅清三郎
>>〔123〕わが家の見えて日ねもす蝶の野良 佐藤念腹
【2024年4月の水曜日☆杉山久子のバックナンバー】
>>〔1〕麗しき春の七曜またはじまる 山口誓子
>>〔2〕白魚の目に哀願の二つ三つ 田村葉
>>〔3〕無駄足も無駄骨もある苗木市 仲寒蟬
>>〔4〕飛んでゐる蝶にいつより蜂の影 中西夕紀
【2024年4月の木曜日☆小助川駒介のバックナンバー】
>>〔1〕なにがなし善きこと言はな復活祭 野澤節子
>>〔2〕春菊や料理教室みな男 仲谷あきら
>>〔3〕春の夢魚からもらふ首飾り 井上たま子
【2024年3月の火曜日☆鈴木総史のバックナンバー】
>>〔14〕芹と名がつく賑やかな娘が走る 中村梨々
>>〔15〕一瞬にしてみな遺品雲の峰 櫂未知子
>>〔16〕牡丹ていっくに蕪村ずること二三片 加藤郁乎
【2024年3月の水曜日☆山岸由佳のバックナンバー】
>>〔5〕唐太の天ぞ垂れたり鰊群来 山口誓子
>>〔6〕少女才長け鶯の鳴き真似する 三橋鷹女
>>〔7〕金色の種まき赤児がささやくよ 寺田京子
【2024年3月の木曜日☆板倉ケンタのバックナンバー】
>>〔6〕祈るべき天と思えど天の病む 石牟礼道子
>>〔7〕吾も春の野に下りたてば紫に 星野立子
【セクト・ポクリット管理人より読者のみなさまへ】