肉薄いふるさとへキセルして秋風 平田修【季語=秋風(秋)】


肉薄いふるさとへキセルして秋風

平田修
(未発表草稿より、1994年ごろ)

「キセルして」というのはおそらく電車のキセル乗車のこと。キセル乗車とは乗車駅付近の切符と降車駅付近の切符を用意して、間の区間の運賃を支払わずに遠距離へ移動する方法である。言うまでもなく犯罪行為であるわけだが、このような用語があるということ自体が、かつては苦学生やフリーターといった経済的に苦しい人々の間で日常的に行われていた行為であることの裏付けだろう。ちなみに今回調べてみて初めて知ったのだが、キセル乗車という名前は両端が金属で出来ていて中央の羅宇と呼ばれる筒の部分だけが竹でできていることに由来しているらしい。行為の悪質性にしては、いささか名前がカッコよすぎるのではないかと思う。

キセル乗車といえば中学の同級生だったSくんを思い出す。彼は僕と同じ愛知県の出身で、同期で唯一の「新幹線通学」仲間だった(僕らは名古屋から京都まで毎日新幹線で通学していた)。彼は少々やんちゃだったため進学校の水が合わず中学の終わり頃に退学してしまったのだが、高校に上がってからも体育祭や文化祭といったイベントどきには顔を出してくれていた。それ自体はいい話なのだが、いつも小遣いを切らしていた彼は名古屋から京都の道のりを移動する際に在来線を利用し、京都駅の改札で「山科(新快速なら京都駅の隣の駅)から来ました。切符をなくしてしまいました」と申告することでわずか数百円で移動するという大キセルを平然とやってのけていたのだ。ある意味大物というか、つくづく胆力のすごい男だったと思う。ちなみに彼は退学後も刈谷高校という愛知県でもトップクラスの公立高校に進学したうえで医学部へと進んだのだが、医学部でもその滲み出るやんちゃさが人を遠ざけたのか、なかなか友達ができなかったらしい。

肉薄いふるさとへキセルして秋風  平田修

Sくんの話はしようと思えばいくらでもあるのだが、そろそろ俳句の話を。一見するとふるさとへ帰省する秋の爽やかな光景だが、あろうことかその際にキセル乗車をしているのだという。経済的あるいは精神的に苦しいときに実家を恃むというのはよくある話だが、掲句ではそれすら満足にできないほど追い詰められている。「肉薄い」というのもまるっきり比喩というわけでなく、栄養が足りずに本当に身体が痩せてきているのではないだろうか。それを踏まえて読むと秋風の爽やかな情感というのもむしろ切なさを強調するものに反転し、空洞になりそうなほど細った身体を吹き抜ける風がむなしく響くばかりといった読後感を覚える一句になる。支払いがキャッシュレス化し、電車内でもスマホを眺めるばかりとなった現代では目を向けづらい「移動」という行為が持っていたはずの感傷を思い出させてくれる句だ。

(細村星一郎)


【執筆者プロフィール】
細村星一郎(ほそむら・せいいちろう)
2000年生。第16回鬼貫青春俳句大賞。Webサイト「巨大」管理人。


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>>〔66〕我が霜におどろきながら四十九へ 平田修
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