つちふるや自動音声あかるくて
神楽坂リンダ
電話の向こうに自動音声が流れるようになったのはいつ頃からだっただろうか。まだ珍しかったころは、その不思議なアクセントにとても違和感を感じたものだが、もうすっかり慣れてしまったのか、それとも技術の進歩によってアクセントが人間の口調に近づいたのか、ちかごろはあまり気にならなくなった。
今はネットがあるので利用しなくなったが、以前は電話でよく天気予報を聞いていた。職業柄、天気の動向はこまめにチェックしなければならないからだ。流れる音声はたとえば「上川・留萌地方の明日は晴れときどき曇り、ところによっては一時雨が降るでしょう」というようなもの。この音声でいつも気になっていたのは、「雨が降るでしょう」という個所の口調が妙に明るいことだ。牧草収穫の最中の雨はとても困るので、それがとても耳障りに感じる。おまけに、自動音声はおそらく継ぎ接ぎで作られていて、文の途中から急に明るくなるから、よけいにその明るさが際だっていた。
人間の耳というのは言葉の意味だけ聞いているのではなく、全体の雰囲気からいろいろと情報を得ているということがよくわかる。
つちふるや自動音声あかるくて
掲句も私と同じ気分を表現しているのだろう。どんよりとけぶった、ちょっと鬱陶しい昼日中、電話の自動音声はいつも明るく返事をしてくれる。人間の対話と違ってこちらの気分を忖度するようなこともない。
考えてみれば、これは自動音声に限ったことではなく、人間相手でもありそうだ。自分の言いたいことだけを言って、相手の話などまるで聞いていない人はどこにでもいる。そこでは、お互いの発話はまるで黄砂のようにふたりの間に降り積もるのである。
(鈴木牛後)
【執筆者プロフィール】
鈴木牛後(すずき・ぎゅうご)
1961年北海道生まれ、北海道在住。「俳句集団【itak】」幹事。「藍生」「雪華」所属。第64回角川俳句賞受賞。句集『根雪と記す』(マルコボ.コム、2012年)、『暖色』(マルコボ.コム、2014年)、『にれかめる』(角川書店、2019年)。
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