【#37】『愛媛 文学の面影』三部作受賞と愛媛新聞の高橋正剛さん


【連載】
趣味と写真と、ときどき俳句と【#37】


『愛媛 文学の面影』三部作受賞と愛媛新聞の高橋正剛さん

青木亮人(愛媛大学教授)

2022年刊行の拙著『愛媛 文学の面影』東予編・中予編・南予編(創風社出版)が、2023年1月に第38回愛媛出版文化賞(愛媛新聞主催)受賞の栄に浴した。今回の拙著は三部作構成になっているため、それを一括しての受賞となる。

(『愛媛 文学の面影』東予編、中予編、南予編の各表紙)

愛媛出版文化賞としては二度目の単著受賞で、以前は俳句評論集『その眼、俳人につき』(邑書林、2013)が受賞対象だった。共著では『四国遍路の世界』(ちくま新書、2020)『四国遍路と世界の巡礼』上巻(創風社出版、2022)が受賞しており、計4度の受賞ということになる。

『愛媛 文学の面影』は当初一冊の予定だったが、本をまとめる過程で三部作に変更となり、結果的にかなりのボリュームとなった(経緯や事情は本連載27回目「約48万字の本作りと体力」参照)。

この三部作の出発点は、2013年から翌年にかけて連載した愛媛新聞の「四季録」というエッセイである。800字強のエッセイで内容は自由、週に一回の連載で、当時の生活文化部担当だった高橋正剛さんが推挙して下さった。

高橋さんは私が愛媛大学に赴任した2012年秋に取材に来て下さり、そのご縁で2013年春からの「四季録」連載に誘って下さったようだった(確か2013年の2月頃だったと思う)。

「四季録」のテーマは自由だったが、身辺雑記や専門的な研究内容を延々と綴っても始まらない。そこで思いついたのが、愛媛ゆかりの文学や文化について毎回紹介する、というものだった。

愛媛は松山が正岡子規、高浜虚子や河東碧梧桐の故郷として知られており、他にも石田波郷や中村草田男ら近代俳句の巨人の郷里でもある。

同時に、愛媛は松山以外にも多くの文学者や文化人ゆかりの土地が少なくない。東予地方でいえば若山牧水と岩城島、吉井勇と伯方島、山口誓子と別子銅山の関係がすぐ思い浮かび、中予地方は建築家の木子七郎と松山市の建築、三津浜と国木田独歩、砥部町と井上正夫が思い当たった。

南予地方に目を移せば富澤赤黄男と川之石、三間と畦地梅太郎、そして宇和島には芸術家の大竹伸朗氏が在住である。材料は豊富にあり、毎週の連載でも優に一年は持ちそうだった。

そのため、2013年4月から始まった「四季録」では愛媛ゆかりの文学や文化について書く方針を早々と決め、新に調べた内容も交えて毎週コツコツと発表していった。

実際に書き始めると新たに調べることが出てきたり、また愛媛に引っ越して間もない時期だったので各地の文化や風情が珍しく、内子や大洲、宇和島、また今治や西条、新居浜等にも足を延ばし、その土地ゆかりの文化等を調べるうちに内容が膨れ上がり、気付けば4、5年は持ちそうな内容が揃っていた。

「四季録」は2014年春に無事終わり、一年間で終わりとなった。その後、だいぶ経った2018年頃から松山の俳句関係誌「子規新報」や結社誌「花信」等で連載のお誘いをいただいたため、「四季録」時代に調べた愛媛ゆかりの文学についての内容を活字に少しずつまとめ、それらはいずれも今回の三部作に収めることになった。

ただ、『愛媛 文学の面影』に既発表の拙稿を収録する際には大幅に増補しており、「四季録」掲載時の800字強の分量を一万字近くまで増やした内容もあるなど、書き下ろしに近い増補を加えている。

同時に、「四季録」時代に書いたものやまとめた内容が土台となった箇所は数多く、今回の三部作は間違いなく「四季録」が出発点だったといえよう。そのきっかけを作って下さった愛媛新聞の高橋さんには感謝の他ない。

ところで、高橋さんは私を「四季録」に誘って下さった直後に本社生活文化部から異動となり(つまり2013年度から他部署)、その後は他の各部署を巡った後、2022年春に再び生活文化部に戻ることになった。

それは私が『愛媛 文学の面影』三部作をまとめつつあった時であり、そして高橋さんが生活文化部に戻ってきた2022年度に拙著が愛媛出版文化賞を受賞したというのは何ともいえない偶然の連鎖という気がする。

『愛媛 文学の面影』でお世話になった方々は数知れないが――もはやお礼をお伝えできなくなった方も多い――、一冊になった本を見るたびに最初の出発点だった「四季録」と高橋さんをよく思い出す。

神は時に粋な計らいをしてくれる、そんな気がしないでもない。

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【執筆者プロフィール】
青木亮人(あおき・まこと)
昭和49年、北海道生まれ。近現代俳句研究、愛媛大学教授。著書に『近代俳句の諸相』『さくっと近代俳句入門』など。


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