落葉道黙をもて人黙らしむ   藤井あかり【季語=落葉(冬)】


落葉道黙をもて人黙らしむ

藤井あかり

ある朝出勤すると、どちらかといえば無愛想な上司がエレベーターの前にいた。挨拶したら珍しく笑顔で返してくれた。何が起こったのか?特に好かれているわけではないのに、なぜ今日急に?

その理由はエレベーターに乗ってオフィスに到着するまでの間にわかった。きっかけは、自分自身にあったのだ。それはまた後ほど。

落葉道黙をもて人黙らしむ

落葉を踏みながら歩く道。共に行く相手は何らやしきりに話しかけてくる。一人で喋っていてくれれば聞き流せる。そうして落葉を踏む音をもっと味わいたいのに「どう思う?」「あれのタイトル何だっけ?」など返事を求めてくる。そんな時は「うーん…」と考え込んだまま黙り込んでしまうのも一つの手だ。

「黙らしむ」に使役の助動詞「しむ」が使われており、自然な流れではなく意図的に黙らせたことがわかる。そのための技が「黙をもて」。つまり沈黙することによって相手の沈黙を引き出したのだ。信頼関係がないと使えない技である。相手も、こういう時は黙った方が良いと知っているのだ。

その沈黙の合間に落葉を踏む音がひときわ響く。

句集を読むと作者が音に敏感であることがわかる。敏感というよりは意識的に音にアンテナを張っているというべきかもしれない。だからこそ、落葉の音を聴く重要性は尋常ではないはずだ。それを味わう時間を許してくれる相手。その存在が眩しい。

さて、冒頭の謎解きを。

その朝はなぜか思い出し笑いが止まらなかった。止まらない…どうしよう…と思いつつオフィスへのエレベーターに着いてしまった。そこでその上司と出会ったのだ。

思い出し笑いの余韻に満ち溢れた、それはあたかも満面の笑顔の様相であったに違いない。笑顔で挨拶したから笑顔で返してくれたのだ。

もらい泣きがあるように、もらい笑いのようなものはある。不機嫌も伝染する。自分の感情は人に影響を与えていることを認識し、贈り笑いを増やしていきたい。

年齢とともに感動は減ってくるけど、まだまだ感動や発見はあるし人生初はある。周囲への影響も鑑みながら意識的に感情に身を任せるのも大人のふるまいの一つなのかもしれない。

※贈り笑いは筆者の造語です。

『メゾティント』(2024年刊)所収。

吉田林檎


【執筆者プロフィール】
吉田林檎(よしだ・りんご)
昭和46年(1971)東京生まれ。平成20年(2008)に西村和子指導の「パラソル句会」に参加して俳句をはじめる。平成22年(2010)「知音」入会。平成25年(2013)「知音」同人、平成27年(2015)第3回星野立子賞新人賞受賞、平成28年(2016)第5回青炎賞(「知音」新人賞)を受賞。俳人協会会員。句集に『スカラ座』(ふらんす堂、2019年)


【吉田林檎さんの句集『スカラ座』(ふらんす堂、2019年)はこちら ↓】



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