木の葉髪あはれゲーリークーパーも 京極杞陽【季語=木の葉髪(冬)】


木の葉髪あはれゲーリークーパーも

京極杞陽(きょうごく・きよう)まさとし))


今週、東京では感染者数が十人を切ったりしておりまして、もちろん検査数が大幅に減っているらしいので、丸々信じるわけにはいかないのだけれど、なんだか今度はその数字に慣れつつあります。と言っても、寒さもあいまって、また、新しい生活習慣を作ってしまった私のような人もおそらくは大勢いて、日中の人手はそこそこありますが、夜九時をまわると町から人が消えてしまうという塩梅。

そういう今日は満月ですが、この一年、ずいぶん熱心に月の話題はしたものの、家に一日いたために忘れてしまうこともあって、今日は月食も重なるとかで、覚えておかなきゃと思っているそんな金曜ですよ。

木の葉髪あはれゲーリークーパーも

金曜にして満月、しかしながら月食と言えば…というわけではない。けれど、めでたいのか、めでたくないのか、いまいち(木の葉髪だけに)つかみにくいのが、この句。

木の葉髪とは、「初冬に木の葉のごとく髪の落ちること」を言うのだけれど、案外、その頭皮の側の加齢のことや、いまだ散りおおせていないけれど量の減った髪のことを連想する人が多いのだなと思ったのはついこの頃。確かに「捨ててこそ浮かぶ瀬もあれ」ならぬ、「落ちてこそ地肌も見え」なのかもしれないけれど、そこはやはり、落ちる姿をこそ「木の葉髪」と呼びたくはないのだろうか。逆から見れば、しんみりと残っているものに、そんな名を与える必要があるだろうか。

そんなぐるぐるした思いをやさしくなでつけるのが、ではなく、さらにこんがらがらせるのがこの句である。杞陽センセー、そこんとこしっかり頼みますよーというようなことは、この殿には通用しない。

まずは「あはれ」。「木の葉髪あはれ/ゲーリークーパーも(あはれ)」と形容動詞として読むのがひとつ、次に「木の葉髪/あはれゲーリークーパーも(木の葉髪のごと)」と感嘆詞とするのがひとつ。しかしまあ、いくら何でも、木の葉が「あはれ」であることは言わずもがなであって、とすれば、木の葉髪のあとで、軽く切れを置いて、「ああ、ゲーリークーパーまでもが」というようにとるのが、順当と言えるだろうか。もちろん、その両者の混然一体であるとも、深くどちらとも考えていないということも、濃厚にあるのだけれど。

参考までに申し上げると、句は昭和三十二年(1957年)の発表。1908年生まれの京極杞陽が詠んだ1901年生まれのゲーリー・クーパーは五十六歳、『昼下がりの情事』の出演の年。六十一歳で亡くなったゲーリー・クーパーにとっては、晩年といえるかもしれないが、句の発表当時はまだ発病などもしていなかった。

もしかしたら、強くて渋いクラシックなアメリカンヒーローを演じてきた(ルーツはイギリスらしいけれど)ゲーリー・クーパーが、オードリー・ヘップバーンに惹かれてゆく姿に時の移り変わりを感じ、今年また落ちる木の葉髪に託して感嘆したものかもしれない。

絢爛にして枯淡、意外にゲーリー・クーパーはこの句の中で動かないのかもしれない。

月食は東京では16時27分からはじまり18時ごろが最大とのこと。月の出直後の低い位置でのことなので、広いところ、高いところがおすすすめとか。よい満月となりますように。

『但馬住』(1961年)

阪西敦子


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【執筆者プロフィール】
阪西敦子(さかにし・あつこ)
1977年、逗子生まれ。84年、祖母の勧めで七歳より作句、『ホトトギス』児童・生徒の部投句、2008年より同人。1995年より俳誌『円虹』所属。日本伝統俳句協会会員。2010年第21回同新人賞受賞。アンソロジー『天の川銀河発電所』『俳コレ』入集、共著に『ホトトギスの俳人101』など。松山市俳句甲子園審査員、江東区小中学校俳句大会、『100年俳句計画』内「100年投句計画」など選者。句集『金魚』を製作中。



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