茅枯れてみづがき山は蒼天に入る   前田普羅【季語=枯る(冬)】


茅枯れてみづがき山は蒼天に入る

前田普羅

11月4日、大菩薩峠に登った。日本百名山のひとつである。駐車場に近い標高1500mほどの登山口から頂上の2000m地点まで、高低差が少なくて横の移動が多く、心地良く歩ける。大菩薩嶺の2057mが標高最高地点。尾根伝いに行った先の大菩薩峠は1897mで絶景スポットだ。小説『大菩薩峠』といえば中里介山。峠の山小屋が「介山荘」なのがツボだった。その大菩薩峠からの富士山はこれまで見たなかで最も美しかった。高いとこから眺める富士は格別だ。

この日はまだ冠雪していなかった。例年だと10月中旬には冠雪が見られ、いよいよ秋が深まったと感じる…と登山好きの同行者が語った。3日後の7日には初冠雪の知らせが入った。最も澄んだ空気で冠雪前の富士を見ることができたのだ。

この贅沢な経験をここに綴ろうと思った時、普羅の山岳俳句にしたいという思いから逃れられなくなった。やはり冬の句に好きな句が多いので立冬を越えるまで熟成させよう。なおかつ山岳俳句で鑑賞を書くなら登ったことのある山にしたい。

茅枯れてみづがき山は蒼天に入る

 「甲斐の山々」と称した連作の冒頭に置かれた一句。

甲斐の山々
茅枯れてみづがき山は蒼天に入る
霜つよし蓮華とひらく八ヶ嶽
駒ヶ嶽凍てゝ巌を落しけり
茅ヶ嶽霜どけ径を糸のごと
奥白根かの世の雪をかゞやかす

「茅」は茅ヶ岳の略称。茅ヶ岳から瑞牆山(みずがきやま)を望んで詠んだか。茅ヶ岳の木々はすっかり枯れている。一方瑞牆山は蒼天にすぽっと入り込むように聳えている。同じ季節の中でも山によってそれぞれの表情があるのだ。二つの山が対比的に登場するが、この句は瑞牆山の句である。枯れた山の姿よりも、その頃の冬空の蒼天が強く印象に残るからだ。

茅ヶ岳は日本二百名山に数えられる。日本百名山を選定した文筆家で登山家の深田久弥終焉の地でもある。「百の頂きに百の喜びあり」とは深田久弥の言葉。その終焉の地からは瑞牆山が見えるらしい。実はこちらには登ったことがない…宿題だ。

瑞牆山も日本百名山のひとつで、標高2230m。7月に登ったが、鎖を使って岩を登るという初心者にはインパクトのあるコースだった。巨岩・奇岩も多い。下山後は、脚があざだらけだった。それでも富士を堪能し、達成感を存分に味わった。

『定本普羅句集』(1972年刊)所収。

吉田林檎


【執筆者プロフィール】
吉田林檎(よしだ・りんご)
昭和46年(1971)東京生まれ。平成20年(2008)に西村和子指導の「パラソル句会」に参加して俳句をはじめる。平成22年(2010)「知音」入会。平成25年(2013)「知音」同人、平成27年(2015)第3回星野立子賞新人賞受賞、平成28年(2016)第5回青炎賞(「知音」新人賞)を受賞。俳人協会会員。句集に『スカラ座』(ふらんす堂、2019年)


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