『プロデュースの基本』
木﨑賢治
(集英社インターナショナル、2020年)
良い俳句を作るにはどうしたら良いのだろう。観察に観察を重ね、心が動いた瞬間を俳句にしてみてもどうもピンとこない。心が動かないこともある。そんな時、他ジャンルからノウハウを探ってみるのも一つの方法だ。
『プロデュースの基本』は音楽プロデューサーの著者がその経験から導き出したもの作りの法則が綴られている。コード進行もわからないし聴いている曲の範囲も狭いし…などと読むのをためらう必要はない。音楽制作にまつわるエピソードが多いものの、そこから割り出した公式はどの分野にもあてはまるからだ。もの作りの教科書であり、素敵に生きていくためのガイドでもある。
どの分野にもあてはまるので当然俳句作りにもあてはまる。第一章「いいなと感じて、つくりたいと思ったら、分析して、答えを見つける」では、「おもしろい」で終らせるのではなく自分で作ってみることでわかることがあると述べられている。俳句の楽しみは自分で作って句会に出せることだ。句の是非は句会に出してみて初めてわかることがある。そして作る時には「自分の感性を信じることが大事」であると。作句の時、漢字や文法に間違いがないかとか類句がないかなど周辺的なことばかり気にして(それはそれで大事なのだけど)肝心の自分の感動を置き去りにしてしまうことはないだろうか。
第二章は「『新しいもの』とは新しい組み合わせのこと」。取り合わせのことですか!「距離があるほど作品の包容力が増える」という一文はそのまま「取り合わせ」の魅力を語っているかのようだ。第三章「人と仕事するということ」の中の「ふつうの構成でいかに新しいものをつくるか」という一節では、突拍子のないことを色々試してみても「結局“ふつう”のなかで変わったものをつくれないとダメ」と断じた流れで、制約の中で新しいものを作り続けているものの代表として俳句を挙げている。
ほかにも「状況設定がしっかりしていれば、言葉は自然に出てくる」「強制的にドキドキワクワクする」など、俳句を作る時のお膳立てにそのまま活用できるヒントが満載だ。
個人的には阿久悠が沢田研二に「勝手にしやがれ」の歌詞を提供した時のエピソードが興味深かった。それまでのイメージに反した情けない歌詞をあててきた阿久悠の仕事ぶりは格好いいとしか言いようがない。男らしく歌い上げたジュリーの功績は言わずもがなである。
そんな本書は、筆者が運営する句会でほぼ毎回賞品にしている。
【林檎の本 #1】
木﨑賢治『プロデュースの基本』
(集英社インターナショナル刊、2020年)著者:木﨑賢治 音楽プロデューサー。株式会社ブリッジ代表取締役。渡辺音楽出版でアグネス・チャン、沢田研二、山下久美子、大澤誉志幸、吉川晃司など手がける。独立後は槇原敬之、TRICERATOPS、BUMP OF CHIKEN、Superflyなどをプロデュース。現在も新人アーティストを発掘する活動を意欲的に続けている。
(吉田林檎)
【執筆者プロフィール】
吉田林檎(よしだ・りんご)
昭和46年(1971)東京生まれ。平成20年(2008)に西村和子指導の「パラソル句会」に参加して俳句をはじめる。平成22年(2010)「知音」入会。平成25年(2013)「知音」同人、平成27年(2015)第3回星野立子賞新人賞受賞、平成28年(2016)第5回青炎賞(「知音」新人賞)を受賞。俳人協会会員。句集に『スカラ座』(ふらんす堂、2019年)。
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【吉田林檎のバックナンバー】
>>〔128〕鯛焼や雨の端から晴れてゆく 小川楓子
>>〔127〕茅枯れてみづがき山は蒼天に入る 前田普羅
>>〔126〕落葉道黙をもて人黙らしむ 藤井あかり
>>〔125〕とんぼ連れて味方あつまる山の国 阿部完市
>>〔124〕初鴨の一直線に水ひらく 月野ぽぽな
>>〔123〕ついそこと言うてどこまで鰯雲 宇多喜代子
>>〔122〕釣銭のかすかな湿り草紅葉 村上瑠璃甫
>>〔121〕夜なべしにとんとんあがる二階かな 森川暁水
>>〔120〕秋の蚊の志なく飛びゆけり 中西亮太
>>〔119〕草木のすつと立ちたる良夜かな 草子洗
>>〔118〕ポケットにギターのピック鰯雲 後閑達雄
>>〔117〕雨音のかむさりにけり虫の宿 松本たかし
>>〔116〕顔を見て出席を取る震災忌 寺澤始
>>〔115〕赤とんぼじっとしたまま明日どうする 渥美清
>>〔114〕東京の空の明るき星祭 森瑞穂
>>〔113〕ねむりても旅の花火の胸にひらく 大野林火
>>〔112〕口笛を吹いて晩夏の雲を呼ぶ 乾佐伎
>>〔111〕葛切を食べて賢くなりしかな 今井杏太郎
>>〔110〕昼寝よりさめて寝ている者を見る 鈴木六林男
>>〔109〕クリームパンにクリームぎつしり雲の峰 江渡華子
>>〔108〕少年の雨の匂ひやかぶと虫 石寒太
>>〔107〕白玉やバンド解散しても会ふ 黒岩徳将
>>〔106〕樹も草もしづかにて梅雨はじまりぬ 日野草城
>>〔105〕鳥不意に人語を発す更衣 有馬朗人
>>〔104〕身支度は誰より早く旅涼し 阪西敦子
>>〔103〕しろがねの盆の無限に夏館 小山玄紀
>>〔102〕泉に手浸し言葉の湧くを待つ 大串章
>>〔101〕メロン食ふたちまち湖を作りつつ 鈴木総史
>>〔100〕再縁といへど目出度し桜鯛 麻葉
>>〔99〕土のこと水のこと聞き苗を買ふ 渡部有紀子
>>〔98〕大空へ解き放たれし燕かな 前北かおる
>>〔97〕花散るや金輪際のそこひまで 池田瑠那
>>〔96〕さくら仰ぎて雨男雨女 山上樹実雄
>>〔95〕春雷の一喝父の忌なりけり 太田壽子
>>〔94〕あり余る有給休暇鳥の恋 広渡敬雄
>>〔93〕嚙み合はぬ鞄のチャック鳥曇 山田牧
>>〔92〕卒業歌ぴたりと止みて後は風 岩田由美
>>〔91〕鷹鳩と化して大いに恋をせよ 仙田洋子
>>〔90〕三椏の花三三が九三三が九 稲畑汀子
>>〔89〕順番に死ぬわけでなし春二番 山崎聰
>>〔88〕冴返るまだ粗玉の詩句抱き 上田五千石
>>〔87〕節分や海の町には海の鬼 矢島渚男
>>〔86〕手袋に切符一人に戻りたる 浅川芳直
>>〔85〕マフラーを巻いてやる少し絞めてやる 柴田佐知子
>>〔84〕降る雪や玉のごとくにランプ拭く 飯田蛇笏
>>〔83〕ラヂオさへ黙せり寒の曇り日を 日野草城
>>〔82〕数へ日の残り日二日のみとなる 右城暮石
>>〔81〕風邪を引くいのちありしと思ふかな 後藤夜半
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