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春泥を帰りて猫の深眠り 藤嶋務【季語=春泥(春)】


春泥を帰りて猫の深眠り

藤嶋務

マンハッタンに住んで30年ほどになるが、猫を見るのは訪ねた家の飼い猫だけで、野良猫は全くといっていいほど見たことがないことに気がついた。日本では、住まいの近くに猫のたまり場があったし、そぞろ歩く猫をよく見たものだ。

猫だけではない。街角や公園には、飼い主と散歩する犬はたくさん見るが、やはり野良犬は見たことがない。

実は、野良犬、野良猫は多くいるのだが、その数を抑えるべく、アニマルポリスと呼ばれる法的な機関が、動物虐待や飼育放棄を防ぐため日夜働いていることを知った。ニューヨーク市では、市警が取り締まりの中心を担っており、野良猫の通報があるとすぐに保護し、ペットシェルターと呼ばれる動物保護団体に送るという。

ちなみにニューヨークで犬や猫を飼いたい場合、ペットショップで買うようりも、ペットシェルターから引き取る方法が一般的であるらしい。

そして発見。なんとマンハッタン内には、密かに野良猫のオアシスと呼ばれる公園があるというのだ。まだまだ知らないことはたくさんある。こんな風にいつか知る日がくると思うとまたそれも楽しい。

さて、今回のこの発見に導いてくれた掲句。

  春泥を帰りて猫の深眠り

春泥(しゅんでい)は、雪解けや雨によってできるぬかるみのこと。春先はしばらくの間、晴れていても土は深く濡れている。

春は猫の恋の季節。久しぶりに帰ってきた飼い猫は、泥だらけ。おそらく本能のおもくままに、雌猫を追い求め、雄猫と戦い、すっかり疲れ果てたのだろう。安心の場所に戻った猫は泥のように眠る。

「おかえり、ゆっくりお休み。」

その姿を愛おしむ優しい眼差しが見えてくる。

なんだか猫に会いたくなってきたぞ。そうだ、その公園にいってみよう。春泥の公園に。

つぶやく堂やんま「やんま0204のブログ」より

月野ぽぽな


【執筆者プロフィール】
月野ぽぽな(つきの・ぽぽな)
1965年長野県生まれ。1992年より米国ニューヨーク市在住。2004年金子兜太主宰「海程」入会、2008年から終刊まで同人。2018年「海原」創刊同人。「豆の木」「青い地球」「ふらっと」同人。星の島句会代表。現代俳句協会会員。2010年第28回現代俳句新人賞、2017年第63回角川俳句賞受賞。
月野ぽぽなフェイスブック:http://www.facebook.com/PoponaTsukino


【月野ぽぽなのバックナンバー】
>>〔26〕にはとりのかたちに春の日のひかり  西原天気
>>〔25〕卒業の歌コピー機を掠めたる    宮本佳世乃
>>〔24〕クローバーや後髪割る風となり     不破博
>>〔23〕すうっと蝶ふうっと吐いて解く黙禱   中村晋
>>〔22〕雛飾りつゝふと命惜しきかな     星野立子
>>〔21〕冴えかへるもののひとつに夜の鼻   加藤楸邨
>>〔20〕梅咲いて庭中に青鮫が来ている    金子兜太
>>〔19〕人垣に春節の龍起ち上がる      小路紫峡 
>>〔18〕胴ぶるひして立春の犬となる     鈴木石夫 
>>〔17〕底冷えを閉じ込めてある飴細工    仲田陽子
>>〔16〕天狼やアインシュタインの世紀果つ  有馬朗人
>>〔15〕マフラーの長きが散らす宇宙塵   佐怒賀正美
>>〔14〕米国のへそのあたりの去年今年    内村恭子
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>>〔10〕雪掻きをしつつハヌカを寿ぎぬ    朗善千津
>>〔9〕冬銀河旅鞄より流れ出す       坂本宮尾 
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>>〔6〕とび・からす息合わせ鳴く小六月   城取信平
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>>〔3〕おなじ長さの過去と未来よ星月夜  中村加津彦
>>〔2〕一番に押す停車釦天の川     こしのゆみこ
>>〔1〕つゆくさをちりばめここにねむりなさい 冬野虹



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