ハイクノミカタ

黄金週間屋上に鳥居ひとつ 松本てふこ【季語=黄金週間(夏)】


黄金週間屋上に鳥居ひとつ

松本てふこ


屋上に神社を設けているビルは珍しくないらしい。デパートや商業関係のビルならば商売繁盛、マンションの屋上なら住民の安全を祈願してのことだとか。

それにつけてもこの句はつまらない顔をしている。つまらない、は誤解を招くかもしれないから、白けた表情と言い直そうか。ゴールデンウィークに屋上の一隅にひっそりと鳥居を眺めているのがそもそも普通ではない。勿論、屋上神社を訪ねて回るのが趣味ということだってあるけれど、それなら「ひとつ」などとぶっきらぼうに片付けずにもう少し愛の感じられる書き方をするだろう。鳥居だって本当はどうでもいいのだ。もっと言えば、どうでもいいのは黄金週間なのだ。ゴールデンウィークには家族や友人と明るく楽しく過ごすものだ、というお仕着せの思い込みへの控え目な舌打ちが聞こえるようだ。

今年の連休は去年に増してショボかったと思う私の偏った読みかもしれない。ただ、去年はまだ社会全体に緊張感とここを越えれば光が見えるという希望があったけれど、この一年何も変わらず、いや状況は悪化しているというのに打つ手もなく、喜びばかりを取り上げられ続け、不満で窒息しかねないときに、この句は妙に沁みる。

そこのところは置くとして別の観点から見ると、この句には黄金と鳥居の赤(とは限らないけれど、鳥居と聞いて一次的に浮かぶのは朱色だと思う)という色彩のコントラストが隠されている。また、古来からの風習としての鳥居を取り合わせることで、黄金週間だのゴールデンウィークだのの名称の如何にも取ってつけたよそよそしさが図らずも浮き彫りになっているところも面白い。

『汗の果実』 邑書林 2019年より)

太田うさぎ


【太田うさぎのバックナンバー】
>>〔31〕若葉してうるさいッ玄米パン屋さん  三橋鷹女
>>〔30〕江の島の賑やかな日の仔猫かな   遠藤由樹子
>>〔29〕竹秋や男と女畳拭く         飯島晴子
>>〔28〕鶯や製茶会社のホツチキス      渡邊白泉
>>〔27〕春林をわれ落涙のごとく出る     阿部青鞋
>>〔26〕春は曙そろそろ帰つてくれないか   櫂未知子
>>〔25〕漕いで漕いで郵便配達夫は蝶に    関根誠子
>>〔24〕飯蛸に昼の花火がぽんぽんと     大野朱香
>>〔23〕復興の遅れの更地春疾風       菊田島椿
>>〔22〕花ミモザ帽子を買ふと言ひ出しぬ  星野麥丘人
>>〔21〕あしかびの沖に御堂の潤み立つ   しなだしん
>>〔20〕二ン月や鼻より口に音抜けて     桑原三郎
>>〔19〕パンクスに両親のゐる春炬燵    五十嵐筝曲
>>〔18〕温室の空がきれいに区切らるる    飯田 晴
>>〔17〕枯野から信長の弾くピアノかな    手嶋崖元
>>〔16〕宝くじ熊が二階に来る確率      岡野泰輔
>>〔15〕悲しみもありて松過ぎゆくままに   星野立子
>>〔14〕初春の船に届ける祝酒        中西夕紀
>>〔13〕霜柱ひとはぎくしやくしたるもの  山田真砂年
>>〔12〕着ぶくれて田へ行くだけの橋見ゆる  吉田穂津
>>〔11〕蓮ほどの枯れぶりなくて男われ   能村登四郎
>>〔10〕略図よく書けて忘年会だより    能村登四郎
>>〔9〕暖房や絵本の熊は家に住み       川島葵 
>>〔8〕冬の鷺一歩の水輪つくりけり     好井由江
>>〔7〕どんぶりに顔を埋めて暮早し     飯田冬眞
>>〔6〕革靴の光の揃ふ今朝の冬      津川絵里子
>>〔5〕新蕎麦や狐狗狸さんを招きては    藤原月彦
>>〔4〕女房の化粧の音に秋澄めり      戸松九里
>>〔3〕ワイシャツに付けり蝗の分泌液    茨木和生
>>〔2〕秋蝶の転校生のやうに来し      大牧 広
>>〔1〕長き夜の四人が実にいい手つき    佐山哲郎


【執筆者プロフィール】
太田うさぎ(おおた・うさぎ)
1963年東京生まれ。現在「なんぢや」「豆の木」同人、「街」会員。共著『俳コレ』。2020年、句集『また明日』



【セクト・ポクリット管理人より読者のみなさまへ】

  • このエントリーをはてなブックマークに追加
  • follow us in feedly

関連記事

  1. 略図よく書けて忘年会だより 能村登四郎【季語=暖房(冬)】
  2. 浜風のほどよき強さ白子干す 橋川かず子【季語=白子干す(春)】
  3. 破門状書いて破れば時雨かな 詠み人知らず【季語=時雨(冬)】
  4. ポメラニアンすごい不倫の話きく 長嶋有
  5. 田螺容れるほどに洗面器が古りし 加倉井秋を【季語=田螺(春)】
  6. 菊食うて夜といふなめらかな川 飯田晴【季語=菊(秋)】
  7. 鶯や製茶会社のホツチキス 渡邊白泉【季語=鶯(春)】
  8. 薫風や今メンバー紹介のとこ 佐藤智子【季語=薫風(夏)】

おすすめ記事

  1. 【読者参加型】コンゲツノハイクを読む【2021年8月分】
  2. 【新年の季語】松の内
  3. 神保町に銀漢亭があったころ【第97回】岸田祐子
  4. 【書評】小川軽舟 第5句集『朝晩』(ふらんす堂、2019年)
  5. 【夏の季語】日傘
  6. 神保町に銀漢亭があったころ【第37回】朽木直
  7. 水喧嘩恋のもつれも加はりて 相島虚吼【季語=水喧嘩(夏)】
  8. 犬去れば次の犬来る鳥総松 大橋越央子【季語=鳥総松(新年)】
  9. 神保町に銀漢亭があったころ【第95回】若井新一
  10. 「パリ子育て俳句さんぽ」【1月1日配信分】

Pickup記事

  1. 日が照つて厩出し前の草のいろ 鷲谷七菜子【季語=厩出し(春)】
  2. 【連載】加島正浩「震災俳句を読み直す」第3回
  3. 秋茄子の漬け色不倫めけるかな 岸田稚魚【季語=秋茄子(秋)】
  4. いつまでも死なぬ金魚と思ひしが 西村麒麟【季語=金魚(夏)】
  5. 「野崎海芋のたべる歳時記」カオマンガイ
  6. トローチのすつと消えすつと冬の滝 中嶋憲武【季語=冬の滝(冬)】
  7. 赤ばかり咲いて淋しき牡丹かな 稲畑汀子【季語=牡丹(夏)】
  8. 【冬の季語】雪達磨
  9. 紐の束を括るも紐や蚯蚓鳴く 澤好摩【季語=蚯蚓鳴く(秋)】
  10. 「野崎海芋のたべる歳時記」カスレ
PAGE TOP