筍の光放つてむかれけり
渡辺水巴
筍が食卓にのぼる季節になった。スーパーでも目立つところに置かれてあるし、SNSを眺めていても、美味しそうな筍料理の写真が目に飛び込んでくる。
ああ、筍、美味しそうだなあ。
と筍のことが頭から離れなくなってしまったので、今日はこの一句。
手元の歳時記によると、筍は初夏の季語。春の筍は「春筍」として詠まれているので、少し季節を先取りといったところではあるが、食用の孟宗竹は三月~四月、真竹は五月~六月が旬、ともあって、今だいたい目にしている筍は孟宗竹の筍なので、ちょうど出回る頃合いともいえる。
掘り立ての筍をすぐにお刺身にして食べるのが旬ならではの贅沢だが、なかなかこの贅沢にはありつけない。なにせ掘ってから二時間ぐらいが勝負の楽しみなのだ。
十二単を着ているかのように、厚い皮に覆われた筍の皮を一枚、一枚剥がしていく。
筍の白々とした肌が見えてくるまではなかなか時間がかかるものだ。
その見えてきた瞬間を「光放つて」と捉えたところが実に印象的なのだが、素直な順番で言えば、「むかれて光放ちけり」というのが妥当だろう。
でも、それでは作者の捉えた輝きが、哀しいほどに薄れてしまう。
「光放つてむかれけり」とすることによって、筍のうちなる生命力のようなものが、拡散するような眩しさをもっていきいきと描かれ、そこに喜びのような明るさが見えてくるような気がするのである。
(日下野由季)
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【執筆者プロフィール】
日下野由季(ひがの・ゆき)
1977年東京生まれ。「海」編集長。第17回山本健吉評論賞、第42回俳人協会新人賞(第二句集『馥郁』)受賞。著書に句集『祈りの天』、『4週間でつくるはじめてのやさしい俳句練習帖』(監修)、『春夏秋冬を楽しむ俳句歳時記』(監修)。
【セクト・ポクリット管理人より読者のみなさまへ】