足指に押さへ編む籠夏炉の辺
余村光世
さいきん気候が良くなってきてめちゃめちゃ嬉しい。お日様も出ているから、調子に乗って薄着になっている。でも実際のところ気温はまだそれほど上がっていないし、アパートの床は大理石なのでしょっちゅう身体が冷える。それでも一に「夏だわ!」、二に「夏だわ!」とこっちは気が変になっているので、上に何か羽織るのをついつい怠ってしまい、とうとう風邪をひいた。
布団をかぶって寝ながら天井をじっとみる。天井はしんとしている。もちろん天井が喋り出したらそれはそれでやばいんだけど、退屈だ。退屈なので、とりとめもないことを考える。そういえばこの季節は、近場にあるロスチャイルド家の邸宅で薔薇を見るのが習慣だった。今年は薔薇展どうなるのかしら? あとで起きて調べてみよう。
ここらあたりの富豪の家は、天井が高すぎて、ふつうの服装だと寒い。城になると、地階は寒い上にうすぐらい。外が暑い分、内はひんやりするようにデザインされているのだ。建物の中が氷室みたいな感じ。夏にそういう場所にめぐりあうと、地獄で水風呂を見つけたように嬉しい。でもちゃんと上着を持っていかなきゃ。風邪をひかないように。
足指に押さへ編む籠夏炉の辺 余村光世
対象との安定した距離を保ちつつ、よく見ることによって世界を構造立てている。言葉の数が多いけれど決して説明調ではなく、手足の指の感覚がリアルに伝わってくる。「夏炉の辺」から想像される天井の高さ、室内の暗さ、そして肌寒さも魅力的だ。手仕事をする人間のすがたが、どこか内省的でひんやりとした美しさとして形作られている。
(小津夜景)
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【執筆者プロフィール】
小津夜景(おづ・やけい)
1973年生まれ。俳人。著書に句集『フラワーズ・カンフー』(ふらんす堂、2016年)、翻訳と随筆『カモメの日の読書 漢詩と暮らす』(東京四季出版、2018年)、近刊に『漢詩の手帖 いつかたこぶねになる日』(素粒社、2020年)。ブログ「小津夜景日記」
【セクト・ポクリット管理人より読者のみなさまへ】