鯛焼や雨の端から晴れてゆく 小川楓子【季語=鯛焼(冬)】


鯛焼や雨の端から晴れてゆく

小川楓子

「このはしわたるべからず」が一休さんなら「このはしっここぼすべからず」を私の主張としたい。

ということで今回は「橋」ではなく「端」の話を。

電車の席でも映画館でも宴会でも端っこは心地良い。片方だけ気にしていれば良いのだから。電車なら手すりに傘もかけられる。映画館なら人の邪魔をせずにジュースを買いに行ける。宴会では目立たないですむ。

ただし宴会は、場合によって「全員で今年の抱負を言いましょう。はい、端っこから!」などという流れになることがあるから油断できない。ハラスメントが気になる昨今ではもうそんなことない?

鯛焼や雨の端から晴れてゆく

休日の街ぶら。急な雨で思ったより冷え込んでしまったところに、鯛焼屋を発見。鯛焼屋というものははなぜかいつも絶妙にそこにいてくれる。焼いも屋に出会うのも嬉しいけど(だからレアで嬉しいのだけど)、鯛焼屋の方が良きタイミングで出会う確率が高い。これは食べずにはいられない。

頭から食べる派か、尻尾から食べる派か。相方はどちら派なのだろうなどとチェックしつつ食べ進める。寒い日の鯛焼はときめきを倍増させてくれる。

それにしても雨が降るなんて…と思っていたらはるか彼方に天使の梯子が。雨雲の橋から太陽が差し込んでいるのだ。雨空が晴れ渡っていく瞬間を目の当たりにできた。その出会いを共有できる喜びは、絶妙のタイミングで鯛焼屋に出会う喜びに等しい。二人のこれからが祝福されているかのようだ。どんな祝福かというと、鯛焼を割ったら上がる湯気ほどのめでたいこと。慎ましいなぁ。

鯛焼は半分にしたときの境界線や尻尾など、「端」を意識しやすい食べ物だ。金型からはみだした周囲の部分は「バリ」というのだそうだ。あえてたっぷりはみ出させたその「バリ」を売りにしている店もある。これはこぼさないようにいただきたい。このはしっここぼすべからず。

端を食べ、また別の端を食べ、を繰り返すのも鯛焼きの特徴のひとつ。あんこも美味しいけどバリッとした端っこも美味しい。鱗を表現した生地には端っこ(とがったところ)がたっぷりある。

鯛焼きの端っこを食べながら雨模様の端っこを眺める。俳句を作っているからこそ気がつくことのできた小さな幸せなのだ。

『ことり』(2022年刊)所収。

吉田林檎


【執筆者プロフィール】
吉田林檎(よしだ・りんご)
昭和46年(1971)東京生まれ。平成20年(2008)に西村和子指導の「パラソル句会」に参加して俳句をはじめる。平成22年(2010)「知音」入会。平成25年(2013)「知音」同人、平成27年(2015)第3回星野立子賞新人賞受賞、平成28年(2016)第5回青炎賞(「知音」新人賞)を受賞。俳人協会会員。句集に『スカラ座』(ふらんす堂、2019年)


【吉田林檎さんの句集『スカラ座』(ふらんす堂、2019年)はこちら ↓】



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