東京の白き夜空や夏の果 清水右子【季語=夏の果(夏)】


東京の白き夜空や夏の果

清水右子


どこから見ている景なのだろうか。東京の真ん中にいても夜空が白く見えるかもしれないが、私はかなり遠い郊外から見ている景と読んだ。

私は田舎に住んでいるので、当然夜空は暗い。数年前の地震で街中の灯りが消えたとき、夜空がこんなに美しかったとは、という感想が多く聞かれた。だが私には正直言ってその感慨がよくわからなかった。我が家では夜空はいつもよく見えるものだからだ。

私もときどきは都会に出ることがある。そのとき気がつくのは、遠くに見える都会の上空がうすぼんやりと白く光っていること。まるでそこだけが異世界のようにも感じられる。

掲句に戻れば、たとえば浅間山の頂上から見た東京はどんな感じだろうか、と想像してみる(遠くて見えないのかな?)。まったくの夢想だが、かなり広い範囲の空に光が眩く映し出されていることだろう。そして背後には、はるかまで続く闇が広がっているはずだ。都と鄙、それが自分の表と裏のアナロジーのように感じられるかもしれない。

背には、闇の彼方からひたひたと秋が迫っている。私を乗り越えて東京に秋をもたらすために。東京の夜空の「白」にそんなイメージが重なった。

「外側の私」(ふらんす堂、2021年)所収。

鈴木牛後


【執筆者プロフィール】
鈴木牛後(すずき・ぎゅうご)
1961年北海道生まれ、北海道在住。「俳句集団【itak】」幹事。「藍生」「雪華」所属。第64回角川俳句賞受賞。句集『根雪と記す』(マルコボ.コム、2012年)『暖色』(マルコボ.コム、2014年)『にれかめる』(角川書店、2019年)


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