この三人だから夕立が可笑しい 宮崎斗士【季語=夕立(夏)】


この三人だから夕立が可笑しい

宮崎斗士


日が暮れるのがまだまだ遅い夏の夕。仲の良さそうな女子高生が三人組で歩いている。「あれ?雨降ってない?」「えー、気のせいじゃない?あ、いや、なんかぽつってきた!」「待って、めっちゃ降ってきたやばい!」「今日に限って荷物多すぎる泣いた」「あそこ屋根ある!行こ!」「はよはよ!」なんとか屋根のあるところに逃げ込んだものの、三人はずぶ濡れ。「えぐい、みんな前髪終わった」「もう靴ん中びっしゃびしゃ、音聞いてこれ」「やば、スカートの雨水絞れるんですけど!」雨に濡れてしまった鬱陶しさよりも、互いの惨状の面白さが勝り、三人は笑い合った。

掲句から、私はこんな場面を想像しました。夕立で大笑いできるのはきっと若い人だろう、二人ではなく【三人】だから恋愛関係ではなく仲の良い友人同士だろう、と句から読み取れる情報だけで鮮明に浮かび上がる夕立のワンシーン。登場人物の性別や具体的な年齢は多少違えど、多くの方が似たような場面を想像したのではないでしょうか。普通なら急な雨に降られれば嫌な気持ちになるものですが、【この三人だから】夕立も楽しいアクシデントになってしまうのです。

こちらの俳句の作者は宮崎斗士さん。私が口語俳句に興味をもつきっかけとなった俳人のひとりです。斗士さんの俳句には、掲句の「だから」のような現代の話し言葉がしばしば登場します。この「だから」という順接の接続詞。意味が同じ違う言葉に変換してみるとどうでしょうか。まずはこちら。

この三人なので夕立が可笑しい

「だから」よりもカジュアルとされている「なので」に置き換えてみました。意味は同じですが、ニュアンスが異なり違和感がありますね。カジュアルなはずなのに、冷静に分析しているような語り口です。続いてはこちら。

この三人ゆえに夕立が可笑しい

少し武士っぽいですね。「ゆえに」が文語的表現なので「夕立のおかし」と着地した方が自然な気がします。このように、「なので」や「ゆえに」に変換すると、原句にあるいつメン最高!という気分は薄れてしまいます。やはり、掲句の魅力のひとつはこの「だから」にあるに違いありません。確かに私の推しのアイドルも「このメンバーだからオーディションが楽しかった!」とは言っていましたが、「このメンバーゆえにオーディションが楽しかった!」とは言っていませんでした。改めて言うほどのことでもありませんが、日常会話では「この〇〇だから△△が××」が構文として確立しています。こういった日常の中で見聞きした何気ないフレーズに対して、これは俳句に使えるぞ!と気がつけるかどうか。そして、そのフレーズを使った俳句の模範解答をきちんと提示できるか。フレーズを見つけるまではできても、模範解答を出すのは難しいものです。斗士さんは、フレーズを見つけるアンテナが人よりも高いだけでなく、素敵な模範解答を提示してくれる俳人です。私もこの構文を使って作ってみようと試みたのですが、足元にも及ばず、掲句のような句を思いつきたかったと歯軋りをするばかりでした。皆さんの中で、もし掲句を超える「この〇〇だから△△が××」構文を使った俳句ができた方がいらっしゃれば、ぜひ私に教えてください。

さて、このような感じで本日から2ヶ月間、ハイクノミカタ木曜日を担当させていただきます。好きな口語の俳句を中心にご紹介していく予定ですので、皆さまよろしければしばらくお付き合いください!

宮崎斗士 句集『翌朝回路』より)

斎藤よひら


【執筆者プロフィール】
斎藤よひら(さいとう・よひら)
1996年 岡山県にて生まれる。
2018年 大学四年次の俳句の授業をきっかけに作句を始める。
第15回鬼貫青春俳句大賞受賞。
2022年 「まるたけ」に参加。
2023年 第15回石田波郷新人賞角川『俳句』編集長賞受賞。
2024年 「青山俳句工場05」に参加。

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2020年10月からスタートした「ハイクノミカタ」。【シーズン1】は、月曜=日下野由季→篠崎央子(2021年7月〜)、火曜=鈴木牛後、水曜=月野ぽぽな、木曜=橋本直、金曜=阪西敦子、土曜=太田うさぎ、日曜=小津夜景さんという布陣で毎日、お届けしてきた記録がこちらです↓



【2024年7月の火曜日☆村上瑠璃甫のバックナンバー】
>>〔1〕先生が瓜盗人でおはせしか 高浜虚子
>>〔2〕大金をもちて茅の輪をくぐりけり 波多野爽波
>>〔3〕一つだに動かぬ干梅となりて 佛原明澄
>>〔4〕いつの間にがらりと涼しチョコレート 星野立子
>>〔5〕松本清張のやうな口して黒き鯛 大木あまり

【2024年7月の木曜日☆中嶋憲武のバックナンバー】
>>〔5〕東京や涙が蟻になってゆく 峠谷清広
>>〔6〕夏つばめ気流の冠をください 川田由美子
>>〔7〕黒繻子にジャズのきこゆる花火かな 小津夜景 
>>〔8〕向日葵の闇近く居る水死人 冬野虹

【2024年6月の火曜日☆常原拓のバックナンバー】
>>〔5〕早乙女のもどりは眼鏡掛けてをり 鎌田恭輔
>>〔6〕夕飯よけふは昼寝をせぬままに 木村定生
>>〔7〕鯖買ふと決めて出てゆく茂かな 岩田由美
>>〔8〕缶ビールあけて東京ひびきけり 渡辺一二三

【2024年6月の水曜日?☆阪西敦子のバックナンバー】
>>〔124〕留守の家の金魚に部屋の灯を残し 稲畑汀子
>>〔125〕金魚大鱗夕焼の空の如きあり 松本たかし

【2024年6月の木曜日☆中嶋憲武のバックナンバー】
>>〔1〕赤んぼころがり昼寝の漁婦に試射砲音 古沢太穂
>>〔2〕街の縮図が薔薇挿すコップの面にあり 原子公平
>>〔3〕楽譜読めぬ子雲をつれて親夏雲 秋元不死男
>>〔4〕汗の女体に岩手山塊殺到す 加藤楸邨

【2024年5月の火曜日☆常原拓のバックナンバー】
>>〔1〕今年の蠅叩去年の蠅叩 山口昭男
>>〔2〕本の背は金の文字押し胡麻の花 田中裕明
>>〔3〕夜の子の明日の水着を着てあるく 森賀まり
>>〔4〕菱形に赤子をくるみ夏座敷 対中いずみ

【2024年5月の水曜日☆杉山久子のバックナンバー】
>>〔5〕たくさんのお尻の並ぶ汐干かな 杉原祐之
>>〔6〕捩花の誤解ねぢれて空は青 細谷喨々
>>〔7〕主われを愛すと歌ふ新樹かな 利普苑るな
>>〔8〕青嵐神社があったので拝む 池田澄子
>>〔9〕万緑やご飯のあとのまたご飯 宮本佳世乃

【2024年5月の木曜日☆小助川駒介のバックナンバー】
>>〔4〕一つづつ包むパイ皮春惜しむ 代田青鳥
>>〔5〕しまうまがシャツ着て跳ねて夏来る 富安風生
>>〔6〕パン屋の娘頬に粉つけ街薄暑 高田風人子
>>〔7〕ラベンダー添へたる妻の置手紙 内堀いっぽ

【2024年4月の火曜日☆阪西敦子のバックナンバー】
>>〔119〕初花や竹の奥より朝日かげ    川端茅舎
>>〔120〕東風を負ひ東風にむかひて相離る   三宅清三郎
>>〔121〕朝寝楽し障子と壺と白ければ   三宅清三郎
>>〔122〕春惜しみつゝ蝶々におくれゆく   三宅清三郎
>>〔123〕わが家の見えて日ねもす蝶の野良 佐藤念腹

【2024年4月の水曜日☆杉山久子のバックナンバー】
>>〔1〕麗しき春の七曜またはじまる 山口誓子
>>〔2〕白魚の目に哀願の二つ三つ 田村葉
>>〔3〕無駄足も無駄骨もある苗木市 仲寒蟬
>>〔4〕飛んでゐる蝶にいつより蜂の影 中西夕紀

【2024年4月の木曜日☆小助川駒介のバックナンバー】
>>〔1〕なにがなし善きこと言はな復活祭 野澤節子
>>〔2〕春菊や料理教室みな男 仲谷あきら
>>〔3〕春の夢魚からもらふ首飾り 井上たま子

【2024年3月の火曜日☆鈴木総史のバックナンバー】
>>〔14〕芹と名がつく賑やかな娘が走る 中村梨々
>>〔15〕一瞬にしてみな遺品雲の峰 櫂未知子
>>〔16〕牡丹ていっくに蕪村ずること二三片 加藤郁乎

【2024年3月の水曜日☆山岸由佳のバックナンバー】
>>〔5〕唐太の天ぞ垂れたり鰊群来 山口誓子
>>〔6〕少女才長け鶯の鳴き真似する  三橋鷹女
>>〔7〕金色の種まき赤児がささやくよ  寺田京子

【2024年3月の木曜日☆板倉ケンタのバックナンバー】
>>〔6〕祈るべき天と思えど天の病む 石牟礼道子
>>〔7〕吾も春の野に下りたてば紫に 星野立子


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