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初島へ大つごもりの水脈を引く 星野椿【季語=大つごもり(冬)】


初島へ大つごもりの水脈を引く)

星野椿

 今年も色々ありました。少なくとも去年に比べたら。いつだってやれることなのだけど、1年を振り返って来年はこれをやるぞ!などと決意したりするのはやはり大晦日。しかもその決意をするのは紅白歌合戦が終って「ゆく年くる年」が始まるか始まらないかというギリギリのあたり。場合によっては新年になっている。年賀状を書きながら「何か案件があると一言を書くのが楽なんだけどなあ。せめて決意くらいはしておきたい」という心境になってから何日もたっているのに。

 年末年始は町の様子ががらりと変わり、形から気持ちが入りやすい。年中行事とはそのためにあるのではないかと思う。それでも決っているからやらされていると考えるのではなく、それぞれに何らかの理由があるはずなのだから、自分なりの意義を見つけていけば数段楽しめる。煤払は絶対にやった方が良いし、会おう会おう詐欺にされがちな年賀状でも四半世紀を越えてつながるきっかけになったことが実際にある。

 否が応でも気持ちを改めさせてくれる年の変わり目という大いなる力に身を委ねるのはすがすがしいものだ。そしてそこに自らの意志が入った時、その変わり目はさらに特別なものになる。

初島へ大つごもりの水脈を引く   星野椿

 初島という地名がめでたい。初旅・初詣では季語になってしまうが、その直前で踏みとどまっている。季語の大晦日をほどよく引き立てており、島に到着したら何か「初」のことがあるかのようだ。

 ウィキペディアによると東海道本線の開通(1925年)及び丹那トンネルの開通(1934年)で熱海は一大観光地になり、初島への遊覧も増えたとのこと。ある世代には思い入れの深い島なのだろう。それを前提としたさりげない選択だったのかもしれない。しかしそこに詩を感じるかどうかは世代の問題で片付けることができない。

 「大つごもり」の仮名書きが水脈の長さを連想させる。「大晦日」では忙しない。

 作者は陸から船を眺めて水脈の句を詠んだと思われるが、「引く」という断定から乗組員に思いを重ねているとも考えたくなる。だとすると、下五の措辞に大いなる意志を感じる。大晦日から新年に向けて「初」という名の島に出航するのだ。それも決っているからやらされているのではなく、自らの決意のもとに。

 筆者は今年運転免許を取得して数々の人生初を体験した。まだ人生初は残っているはずである。来年も何か見つけたい。あとは行動するのみ!どこに向かって水脈をひくか、「ゆく年くる年」が終る頃には結論が出ているだろうか。

『日本の大歳時記』(小学館)より

吉田林檎


【執筆者プロフィール】
吉田林檎(よしだ・りんご)
昭和46年(1971)東京生まれ。平成20年(2008)に西村和子指導の「パラソル句会」に参加して俳句をはじめる。平成22年(2010)「知音」入会。平成25年(2013)「知音」同人、平成27年(2015)第3回星野立子賞新人賞受賞、平成28年(2016)第5回青炎賞(「知音」新人賞)を受賞。俳人協会会員。句集に『スカラ座』(ふらんす堂、2019年)


【吉田林檎さんの句集『スカラ座』(ふらんす堂、2019年)はこちら ↓】



【吉田林檎のバックナンバー】

>>〔30〕禁断の木の実もつるす聖樹かな モーレンカンプふゆこ
>>〔29〕時雨るるや新幹線の長きかほ  津川絵理子
>>〔28〕冬ざれや石それぞれの面構へ   若井新一
>>〔27〕影ひとつくださいといふ雪女  恩田侑布子
>>〔26〕受賞者の一人マスクを外さざる  鶴岡加苗
>>〔25〕冬と云ふ口笛を吹くやうにフユ  川崎展宏
>>〔24〕伊太利の毛布と聞けば寝つかれず 星野高士
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>>〔22〕つぶやきの身に還りくる夜寒かな 須賀一惠
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>>〔18〕颱風の去つて玄界灘の月   中村吉右衛門
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>>〔14〕向いてゐる方へは飛べぬばつたかな 抜井諒一
>>〔13〕膝枕ちと汗ばみし残暑かな     桂米朝
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>>〔11〕秋草のはかなかるべき名を知らず 相生垣瓜人

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>>〔6〕香水の一滴づつにかくも減る  山口波津女
>>〔5〕もち古りし夫婦の箸や冷奴  久保田万太郎
>>〔4〕胎動に覚め金色の冬林檎     神野紗希
>>〔3〕呼吸するごとく雪降るヘルシンキ 細谷喨々
>>〔2〕嚔して酒のあらかたこぼれたる  岸本葉子
>>〔1〕水底に届かぬ雪の白さかな    蜂谷一人


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