立膝の膝をとりかへ注連作 山下由理子【季語=注連作(冬)】


立膝の膝をとりかへ注連作

山下由理子

今年のクリスマスツリーは百円均一で集めたグッズで手作りしてみた。意外と妥協点が少なく、様になるものだ。今も目の前で点灯している。

正月の注連飾りも、あちこち探し歩いた結果納得のいくものが見つからなかったので既製品を分解して再構成することになった。百円均一の注連縄をばらして真っ直ぐに作り替える。この時、藁が変幻自在であることがわかった。縄をなしていたものが真っ直ぐになるのだから本当に自由がきくのがわかる。以上全て家人の手によるもの。

「謹賀新年」の筆書だけは私が担った。それぞれの文字はうまくいったものがたまにあるが、上下左右の配置がなかなかうまくいかず、何十回も書いた。短冊の方がずっと書きやすい。それでも成功の一枚はなく、ある時点を過ぎてから書けば書くほと下手になっていくのがわかったので、比較的バランスの良い1枚に肉付けをしてなんとか完成させた。墨汁ではなくプラモデル用の塗料を使ったので重ね書きしてもあまり気にならない。

立膝の膝をとりかへ注連作

「立膝」は片方のひざを立てて座ること。意味が混同しそうなので両方の膝をついて立つ言葉を探してみた。「膝立ち」がネットで複数見つかるのでAIは「膝立ち」と断定してくるがまだ広辞苑にも日本国語大辞典にも新明解国語辞典にも載っていない。岩手県花巻市に「膝立」という町があるのだから載っていてもおかしくないのに。長崎県対馬の方言では正座のことを「膝立」というらしいが、これは日本方言大辞典で見ただけで、実際にそう言っている場面に出会ったことはない。

注連縄は稲の穂が出る前の青藁を左縄に縒り、藁の先端は切らずに仕上げる。さらに、適当な間隔を置いて紙四手(かみしで。紙垂、紙幣の表記もある)などを下げる。縄をなう前には藁を水に浸してから槌で叩いて柔らかくするという準備も必要だ。藁が変幻自在なのはこの作業のおかげなのである。

この一連の作業が注連作(しめつくり)だが、掲句は縄をなっている様子を詠んだものだろう。

足先で藁を押さえつつ右膝を立てて縄をなう。長い時間同じ姿勢でやっていたら力も入らなくなってくるので右膝が担っていた役割を左膝に交替して引き続き縄をなう。「とりかへ」という一瞬をとらえながらその動作によって長時間作業していることを思わせる。

こういう馴染みのない季語は普段は通り過ぎてしまいがちだが、少しでも触れてみると俄然興味がわく。こんなに興味深い風習から遠い暮しになってしまっていることを嘆きつつ、まだまだ新鮮な感動を覚えられる未経験が残っていることを喜びたい。

『風の楯』(2024年刊)所収。

吉田林檎


【執筆者プロフィール】
吉田林檎(よしだ・りんご)
昭和46年(1971)東京生まれ。平成20年(2008)に西村和子指導の「パラソル句会」に参加して俳句をはじめる。平成22年(2010)「知音」入会。平成25年(2013)「知音」同人、平成27年(2015)第3回星野立子賞新人賞受賞、平成28年(2016)第5回青炎賞(「知音」新人賞)を受賞。俳人協会会員。句集に『スカラ座』(ふらんす堂、2019年)


【吉田林檎さんの句集『スカラ座』(ふらんす堂、2019年)はこちら ↓】



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