星が生まれる魚が生まれるはやさかな
平田修
(『包』299号、2025年8月)
今日は何度か紹介している小田原DA句会の大石雄介さんの作品。彼が不定期に発行している個人誌『包(ぱお)』299号の冒頭に配された句だ。かつての『包』がどのような形態を取っていたのかは不明だが、事実上雄介さんの個人誌となった現在でも冊子のはじめには他にも所属するメンバーがいるかのようなシステムの説明が記載されている。以下にその序文と目次を引用する。
包は〆システムにより大石雄介が主宰します。
【〆システム】
俳句・散文とも分量に制限なく、締切りも各人の自由とする。
各人は、自稿を読ませたい相手に送稿する。その際、送稿が〆システムによることを明記する。
編集・発行権は原稿受取人に属し、集まった原稿から随意に雑誌をつくることができる。その発行・公開等も随意とする。
発行・公開された雑誌の一冊は、出稿者に送本することとする。
発行経費は、発行者の個人負担とする。
〆システムの、新しい仲間への趣旨徹底は、各人の責任とする。【包299号目次】
大石雄介句録(292)/大石雄介
といった具合である。かつてはこのシステムによって俳句や論考を発表した人がいたのだろうか。これは今度雄介さんに会ったときに訊いてみたいと思う。そしてこの、実質的なソロ活動であるにも関わらず『包』というレーベルを通して作品を発表するというスタイルは奇しくも僕の同人誌『巨大』と同じ仕組みである。運命という言葉は嫌いだが、結果として似た形式の活動に至った人とこうして出会うというのはなにか宿命的なものを感じざるを得ない。
『包』を読んで驚くのは、雄介さんの驚異的な作句ペースである。誌面には俳句が制作した時間順に並べられており、それらには制作日が併記されている。その制作日を見るとほぼ毎日、平均8〜10句ほどのペースで作句していることがわかる。何においても継続が重要であることは言うまでもないが、これほどの水準で実践している人は多くないだろう。無論、作品制作という分野においては各々のスタイルや体質がある(作品に関して言えば、たとえば僕はかなりの遅筆である)わけだが、雄介さんほどの狂気的とも言えるスピードと分量にまで至ると、その行為自体が凄みと説得力を持って立ち上がってくる。この絶唱ともいえる実践を語る言葉を僕はまだ持たないから、今回の『包』から作品を10句引用して本稿の結びとしたい。
一口羊羹語彙のかたまりみたいなり 大石雄介
フラスコフラスコみんな飛んでいっちゃった
虫が降るハングライダーも降れ降れ
うみうしの寄って集ってうみうしの木
何の木かわからないけど鶫の木
大大鷺の自壊衝動がきらきら
平田修はみかん畑に棲んでいた
太陽が立ち上がるメコン河飛びたい飛びたい
三十三間堂うしろ走りの老人たち
梅を干す猫になるまで干している
(細村星一郎)
【執筆者プロフィール】
細村星一郎(ほそむら・せいいちろう)
2000年生。第16回鬼貫青春俳句大賞。Webサイト「巨大」管理人。
【細村星一郎のバックナンバー】
>>〔71〕星が生まれる魚が生まれるはやさかな 大石雄介
>>〔70〕秋や秋や晴れて出ているぼく恐い 平田修
>>〔69〕天に地に鶺鴒の尾の触れずあり 本間まどか
>>〔68〕ここを梅とし淵の淵にて晴れている 平田修
>>〔67〕無職快晴のトンボ今日どこへ行こう 平田修
>>〔66〕我が霜におどろきながら四十九へ 平田修
>>〔65〕空蟬より俺寒くこわれ出ていたり 平田修
>>〔64〕換気しながら元気な梅でいる 平田修
>>〔63〕あじさいの枯れとひとつにし秋へと入る 平田修
>>〔62〕夕日へとふいとかけ出す青虫でいたり 平田修
>>〔61〕葉の中に混ぜてもらって点ってる 平田修
>>〔60〕あじさいの水の頭を出し闇になる私 平田修
>>〔59〕螢火へ言わんとしたら湿って何も出なかった 平田修
>>〔58〕海豚の子上陸すな〜パンツないぞ 小林健一郎
>>〔57〕夏の月あの貧乏人どうしてるかな 平田修
>>〔56〕逃げの悲しみおぼえ梅くもらせる 平田修
>>〔55〕春の山からしあわせと今何か言った様だ 平田修
>>〔54〕ぼく駄馬だけど一応春へ快走中 平田修
>>〔53〕人體は穴だ穴だと種を蒔くよ 大石雄介
>>〔52〕木枯らしや飯を許され沁みている 平田修
>>〔51〕ひまわりの種喰べ晴れるは冗談冗談 平田修
>>〔50〕腸にけじめの木枯らし喰らうなり 平田修
>>〔49〕木枯らしの葉の四十八となりぎりぎりでいる 平田修
>>〔48〕どん底の芒の日常寝るだけでいる 平田修
>>〔47〕私ごと抜けば大空の秋近い 平田修
>>〔46〕百合の香へすうと刺さってしまいけり 平田修
>>〔45〕はつ夏の風なりいっしょに橋を渡るなり 平田修
>>〔44〕歯にひばり寺町あたりぐるぐるする 平田修
>>〔43〕糞小便の蛆なり俺は春遠い 平田修
>>〔42〕ひまわりを咲かせて淋しとはどういうこと 平田修
>>〔41〕前すっぽと抜けて体ごと桃咲く気分 平田修
>>〔40〕青空の蓬の中に白痴見る 平田修
>>〔39〕さくらへ目が行くだけのまた今年 平田修
>>〔38〕まくら木枯らし木枯らしとなってとむらえる 平田修
>>〔37〕木枯らしのこの葉のいちまいでいる 平田修
>>〔36〕十二から冬へ落っこちてそれっきり 平田修
>>〔35〕死に体にするはずが芒を帰る 平田修
>>〔34〕冬の日へ曳かれちくしょうちくしょうこんちくしょう
>>〔33〕切り株に目しんしんと入ってった 平田修
>>〔32〕木枯らし俺の中から出るも又木枯らし 平田修
>>〔31〕日の綿に座れば無職のひとりもいい 平田修
>>〔30〕冬前にして四十五曲げた川赤い 平田修
>>〔29〕俺の血が根っこでつながる寒い川 平田修
>>〔28〕六畳葉っぱの死ねない唇の元気 平田修
>>〔27〕かがみ込めば冷たい水の水六畳 平田修
>>〔26〕青空の黒い少年入ってゆく 平田修
>>〔25〕握れば冷たい個人の鍵と富士宮 平田修
>>〔24〕生まれて来たか九月に近い空の色 平田修
>>〔23〕身の奥の奥に蛍を詰めてゆく 平田修
>>〔22〕芥回収ひしめくひしめく楽アヒル 平田修
>>〔21〕裁判所金魚一匹しかをらず 菅波祐太
>>〔20〕えんえんと僕の素性の八月へ 平田修
>>〔19〕まなぶたを薄くめくった海がある 平田修
>>〔18〕夏まっさかり俺さかさまに家離る 平田修
>>〔17〕純粋な水が死に水花杏 平田修
>>〔16〕かなしみへけん命になる螢でいる 平田修
>>〔15〕七月へ爪はひづめとして育つ 宮崎大地
>>〔14〕指さして七夕竹をこはがる子 阿部青鞋
>>〔13〕鵺一羽はばたきおらん裏銀河 安井浩司
>>〔12〕坂道をおりる呪術なんかないさ 下村槐太
>>〔11〕妹に告げきて燃える海泳ぐ 郡山淳一
>>〔10〕すきとおるそこは太鼓をたたいてとおる 阿部完市
>>〔9〕性あらき郡上の鮎を釣り上げて 飴山實
>>〔8〕蛇を知らぬ天才とゐて風の中 鈴木六林男
>>〔7〕白馬の白き睫毛や霧深し 小澤青柚子
>>〔6〕煌々と渇き渚・渚をずりゆく艾 赤尾兜子
>>〔5〕かんぱちも乗せて離島の連絡船 西池みどり
>>〔4〕古池やにとんだ蛙で蜘蛛るTELかな 加藤郁乎
>>〔3〕銀座明るし針の踵で歩かねば 八木三日女
>>〔2〕象の足しづかに上る重たさよ 島津亮
>>〔1〕三角形の 黒の物体の 裏側の雨 富沢赤黄男