ハイクノミカタ

飯蛸に昼の花火がぽんぽんと 大野朱香【季語=飯蛸(春)】


飯蛸に昼の花火がぽんぽんと

大野朱香

いやはや、ぎっくり腰であります。今朝洗濯ものを干すために何気なく前屈みになった途端の「う、やっちまった」……。この感じ、経験者ならお分かり頂けるでせう。

痛いわ、情けないわ、明日のことが心配だわ、そんなトホホな症状に句集の処方箋を出すとしたら大野朱香のそれしかない。

大野朱香と言ってピンと来る人がどれほどいるか分からないが、<これはもう裸といへる水着かな>、<登高ののぼりつめればラーメン屋>あたりはあんがい耳に覚えがあるのではないだろうか。<零点をとつてくるとは心太>、<月光に頁ひらけばヘアヌード>と大胆に打って出るかと思えば、<そのうしろさむざむとして金屏風>、<十三夜廊下に立つてゐる箒>といったしみじみとした句まで作風が広い。所属した結社「童子」の主宰辻桃子の影響が大きいのだろうが、取り合わせの妙に私は波多野爽波を思い出す。

掲句だが、飯蛸はご存知の通り小型の蛸で、腹(どうも頭と言いたくなるが)にいっぱいに詰まった卵が飯粒状であることが名前の由来、また三月頃に産卵期を迎えるため春の季語となっている。

飯蛸は既に煮付けてあるのだろう。そこに催し物でもあるのか音だけの花火が上がっている。「ぽんぽん」の軽薄さと卵びっしりの飯蛸との対照が可笑しい。膝カックンされたような、狐に化かされたような、そんな可笑しさである。

大野朱香のこういう句を読んでいると、「大抵のことはどうにかなる」と頭上に光明が差してきて、腰痛も心なしか軽くなるようだ。

句集『はだか』のあとがきは「一枚の葉の/一匹の虫の/一人の人間の/存在の尊さを/詠みつづけられたなら/こんな/幸福なことはない」という七行。皆同じく尊いというそのことを大上段にではなく飄然と詠んだ作者である。2012年に亡くなったのが惜しまれる。

『はだか』ふらんす堂 1995年より)

太田うさぎ


【太田うさぎのバックナンバー】
>>〔23〕復興の遅れの更地春疾風       菊田島椿
>>〔22〕花ミモザ帽子を買ふと言ひ出しぬ  星野麥丘人
>>〔21〕あしかびの沖に御堂の潤み立つ   しなだしん
>>〔20〕二ン月や鼻より口に音抜けて     桑原三郎
>>〔19〕パンクスに両親のゐる春炬燵    五十嵐筝曲
>>〔18〕温室の空がきれいに区切らるる    飯田 晴
>>〔17〕枯野から信長の弾くピアノかな    手嶋崖元
>>〔16〕宝くじ熊が二階に来る確率      岡野泰輔
>>〔15〕悲しみもありて松過ぎゆくままに   星野立子
>>〔14〕初春の船に届ける祝酒        中西夕紀
>>〔13〕霜柱ひとはぎくしやくしたるもの  山田真砂年
>>〔12〕着ぶくれて田へ行くだけの橋見ゆる  吉田穂津
>>〔11〕蓮ほどの枯れぶりなくて男われ   能村登四郎
>>〔10〕略図よく書けて忘年会だより    能村登四郎
>>〔9〕暖房や絵本の熊は家に住み       川島葵 
>>〔8〕冬の鷺一歩の水輪つくりけり     好井由江
>>〔7〕どんぶりに顔を埋めて暮早し     飯田冬眞
>>〔6〕革靴の光の揃ふ今朝の冬      津川絵里子
>>〔5〕新蕎麦や狐狗狸さんを招きては    藤原月彦
>>〔4〕女房の化粧の音に秋澄めり      戸松九里
>>〔3〕ワイシャツに付けり蝗の分泌液    茨木和生
>>〔2〕秋蝶の転校生のやうに来し      大牧 広
>>〔1〕長き夜の四人が実にいい手つき    佐山哲郎


【執筆者プロフィール】
太田うさぎ(おおた・うさぎ)
1963年東京生まれ。現在「なんぢや」「豆の木」同人、「街」会員。共著『俳コレ』。2020年、句集『また明日』



【セクト・ポクリット管理人より読者のみなさまへ】

  • このエントリーをはてなブックマークに追加
  • follow us in feedly

関連記事

  1. ピザーラの届かぬ地域だけ吹雪く かくた【季語=吹雪(冬)】
  2. 秋虱痼  小津夜景【季語=秋虱(秋)】
  3. 開墾のはじめは豚とひとつ鍋 依田勉三
  4. 唐太の天ぞ垂れたり鰊群来 山口誓子【季語=鰊(春)】 
  5. 春の日やあの世この世と馬車を駆り 中村苑子【季語=春の日(春)】…
  6. ある年の子規忌の雨に虚子が立つ 岸本尚毅【季語=子規忌(秋)】
  7. 老僧の忘れかけたる茸の城 小林衹郊【季語=茸(秋)】
  8. ひら/\と猫が乳吞む厄日かな 秋元不死男【季語=厄日(秋)】

おすすめ記事

  1. 【春の季語】立春
  2. 【新年の季語】嫁が君
  3. 寝室にねむりの匂ひ稲の花 鈴木光影【季語=稲の花(秋)】
  4. 仕る手に笛もなし古雛 松本たかし【季語=古雛(春)】
  5. 【夏の季語】薔薇
  6. 火種棒まつ赤に焼けて感謝祭 陽美保子【季語=感謝祭(冬)】
  7. 俳人・広渡敬雄とゆく全国・俳枕の旅【第37回】龍安寺と高野素十
  8. 【春の季語】三椏の花
  9. 【#15】秋に聴きたくなる曲
  10. ハイシノミカタ【#2】「奎」(小池康生代表)

Pickup記事

  1. 紫陽花のパリーに咲けば巴里の色 星野椿【季語=紫陽花(夏)】
  2. 神は死んだプールの底の白い線  高柳克弘【季語=プール(夏)】
  3. 【春の季語】鳥の妻恋
  4. こんな本が出た【2021年6月刊行分】
  5. トラックに早春を積み引越しす 柊月子【季語=早春(春)】 
  6. 【夏の季語】蜘蛛
  7. 【新企画】コンゲツノハイク(2021年1月)
  8. 菜の花や月は東に日は西に 与謝蕪村【季語=菜の花(春)】
  9. 【新年の季語】三が日
  10. 蓮根や泪を横にこぼしあひ 飯島晴子【季語=蓮根(冬)】
PAGE TOP