【連載】
趣味と写真と、ときどき俳句と【#35】
俳誌に連載させてもらうようになったことについて
青木亮人(愛媛大学准教授)
大学院で近代俳句を研究していた頃は、もっぱら学術誌に論文を投稿していた。近現代文学や俳文学の研究者が所属する全国的な学会誌に加え、大学や各研究会の紀要誌といった学術誌に投稿し、編集委員会の査読を経て掲載されたり、不掲載になったりした。
論文のテーマは一貫しており、明治期の正岡子規一派の俳句観や作品が当時斬新であったとすれば、どの点が新しかったかを明治俳諧の価値観に即して検証するというもので、具体的には「旧派」とされた俳諧宗匠側から子規派の俳句観や句群の特徴を捉え直すという手続きを資料とともに展開する、というものだ。
子規派が新しかったことは誰でも知識として知っているが、作品のどの点がいかに新しかったかを具体的に論じた研究は全くといってよいほどなかった。その着眼点が新鮮だったのか、全国学術誌でも割合載せてもらったのは今から振り返ると幸運だったと思う。採択率がかなり厳しいといわれる「日本近代文学」「連歌俳諧研究」の他、「国語と国文学」「日本文学」といった全国誌等で何度か掲載させてもらったのは、近代俳句の研究自体が珍しかったことや、目新しさも手伝っていたのだろう。
そんな風に全国的な学会誌や紀要誌に論文を投稿していたのだが、ある時から他の研究者と執筆の範囲が異なってきた。俳句は小説研究と異なり、研究や評論と実作が近接しているため、学術論文と同時に実作者の方々に向けてのエッセイや評論も書くようになったのだ。
大学院は京都の同志社大学に在籍し、市内に住んでいたために京都や関西の実作者の方々とお会いしたり、お話をうかがう機会が多かった。そのご縁で京都の結社「氷室」主宰だった金久美智子さんからお誘いがあり、「氷室」でエッセイを連載させてもらうようになった。
そうこうするうちに神戸にお住まいの山田弘子さん(「円虹」創刊主宰)とお目にかかる機会があり、ご厚意で「円虹」でも連載させてもらうことになった。
その後も京都の竹中宏さんが主宰誌「翔臨」での連載をお誘い下さり、また滋賀にいらっしゃる対中いずみさんからは「静かな場所」で田中裕明論の連載、そして京都の中田剛さんが「円座」(武藤紀子主宰)と「白茅」(坂内文應・里美編集発行)に私を紹介して下さり、毎号掲載させてもらうようになった。
無論、これらの俳誌は学術誌ではないため、論文のような展開や文体で書くわけにはいかない。声をかけて下さった方のご期待に応えるためにも実作の方々に関心を持ってもらえる内容をまとめることができればと思い、意識的に論文と異なるスタイルや内容で書くようになった。
そうなると、当然のように明治俳諧の埋もれた宗匠の話を延々と続けるわけにはいかなくなる。明治期よりも大正期や昭和戦前期の俳人や句群を評するようになり、気付けば戦後期も含めた近現代俳句全般が関心の対象となった。江戸期も含め、明治初期から現在に至る各時期の俳句像に興味が湧くようになり、それらを学術論文と異なる展開やスタイルで書くようになったのだ。
明治俳諧の超ニッチな世界を学術論文でまとめていた私が、いつの間にか近現代俳句全般にかかわる問題意識を抱くようになったのは、「氷室」から「円座」「白茅」に至る各誌の方々が声をかけて下さったおかげである。
金久美智子さんや山田弘子さん、竹中宏さん、対中いずみさん、中田剛さんに武藤紀子さん、坂内文應さんや里美さんは、無名だった私の書くものそのものを評価して下さり、何号にもわたって誌面を提供して下さった。それがどれほど凄いことで感謝すべきことか、また何物にも代えがたい財産であるかを実感するようになったのは、だいぶ時が経ってからのことである。
金久美智子主宰、山田弘子主宰には感謝の念をお伝えすることがもはや叶わないが、ただの大学院生だった自分に声をかけて下さったご恩に少しでも報いるような書き物ができれば、と今でも思うことが多い。
下の画像は「氷室」2006年11月号で、俳誌で拙文が初めて活字になった号だ(私の目次の下に見える尾池和夫先生が「氷室」現主宰)。この目次を見ると何とも懐かしい気分になると同時に、頑張らねば、という気になる。
【次回は2月15日ごろ配信予定です】
【執筆者プロフィール】
青木亮人(あおき・まこと)
昭和49年、北海道生まれ。近現代俳句研究、愛媛大学准教授。著書に『近代俳句の諸相』『さくっと近代俳句入門』など。
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