老人がフランス映画に消えてゆく
石部明
アパートから歩いてすぐの場所に、靴の修理屋がある。ヘアサロンっぽい内装が外から丸見えで、出窓には修理ずみの靴が数足とエルヴィス・プレスリーのドーナツ盤が飾られ、壁には70代半ばになる店主のパネルがかかっている。サングラスをかけ、革ジャンに身をつつみ、長い銀髪をゆらしながら、ギターを抱えてポーズをとっているそのパネルは、きちんとしたスタジオでパックスクリーンを垂らして撮られたもので、老人にしか出せない色気がただよっている。
なかなかいい感じの店なので、出窓の写真を撮りたいなと思うのだけど、いまのところまだ一枚も撮っていない。理由は、店主が出窓の前で仕事をしているから。人にカメラを向けるわけにはいかない。
ところで今日アパートを出、ふと道の前方に目をやると、修理屋の正面の街路樹の根元に椅子を置いて、どっかと腰掛け、出窓の方を凝視している女性がいた。齢は80くらいだろうか。女性はブルーのタイトスカートに青い小花のついた白いブラウスを着て、年をとった森茉莉に似ている。一瞬、ご主人の昔の恋人かしらと思った。もしも恋人だとしたら、すごく面倒臭そうな話である。どきどきしながら道を歩き、女性の前までくると、彼女は画板を膝に置いて、真剣な顔で修理屋の内装をスケッチしていた。濃いピンクの色鉛筆で基本線をとっていて、そのままでも絵になっている。目があったときニコッと笑ってくれた。単純に店のようすを描きたくて描いているようだった。わかる。
老人がフランス映画に消えてゆく 石部明
堺利彦監修『石部明の川柳と挑発』より。石部明は他界の感覚をベースに、そこから生を眺め返した句にはっとするものが多い。他界から眺め返された生は、奇妙にゆがみ、かなしみと寂寞にあふれる。掲句は、向こう側の世界として措定されたものが、いかにも他界のメタファーにありそうな言葉とかけ離れた「フランス映画」であるところが面白い。しかしながら、これほどサヨナラの香りが似合う句もないだろう。もちろん掲句にひびくサヨナラは、オ・ルヴォワール(また会う日まで)ではなくアデュー(神の御許で)だ。
(小津夜景)
【小津夜景のバックナンバー】
>>〔33〕足指に押さへ編む籠夏炉の辺 余村光世
>>〔32〕夕焼けに入っておいであたまから 妹尾凛
>>〔31〕おやすみ
>>〔30〕鳥を見るただそれだけの超曜日 川合大祐
>>〔29〕紀元前二〇二年の虞美人草 水津達大
>>〔28〕その朝も虹とハモンド・オルガンで 正岡豊
>>〔27〕退帆のディンギー跳ねぬ春の虹 根岸哲也
>>〔26〕タワーマンションのロック四重や鳥雲に 鶴見澄子
>>〔25〕蝌蚪の紐掬ひて掛けむ汝が首に 林雅樹
>>〔24〕止まり木に鳥の一日ヒヤシンス 津川絵理子
>>〔23〕行く春や鳥啼き魚の目は泪 芭蕉
>>〔22〕春雷や刻来り去り遠ざかり 星野立子
>>〔21〕絵葉書の消印は流氷の町 大串 章
>>〔20〕菜の花や月は東に日は西に 与謝蕪村
>>〔19〕あかさたなはまやらわをん梅ひらく 西原天気
>>〔18〕さざなみのかがやけるとき鳥の恋 北川美美
>>〔17〕おやすみ
>>〔16〕開墾のはじめは豚とひとつ鍋 依田勉三
>>〔15〕コーヒー沸く香りの朝はハットハウスの青さで 古屋翠渓
>>〔14〕おやすみ
>>〔13〕幾千代も散るは美し明日は三越 攝津幸彦
>>〔12〕t t t ふいにさざめく子らや秋 鴇田智哉
>>〔11〕またわたし、またわたしだ、と雀たち 柳本々々
>>〔10〕しろい小さいお面いっぱい一茶のくに 阿部完市
>>〔9〕凩の会場へ行く燕尾服 中田美子
>>〔8〕アカコアオコクロコ共通海鼠語圏 佐山哲郎
>>〔7〕後鳥羽院鳥羽院萩で擲りあふ 佐藤りえ
>>〔6〕COVID-19十一月の黒いくれよん 瀬戸正洋
>>〔5〕風へおんがくがことばがそして葬 夏木久
>>〔4〕たが魂ぞほたるともならで秋の風 横井也有
>>〔3〕渚にて金澤のこと菊のこと 田中裕明
>>〔2〕ポメラニアンすごい不倫の話きく 長嶋 有
>>〔1〕迷宮へ靴取りにゆくえれめのぴー 中嶋憲武
【執筆者プロフィール】
小津夜景(おづ・やけい)
1973年生まれ。俳人。著書に句集『フラワーズ・カンフー』(ふらんす堂、2016年)、翻訳と随筆『カモメの日の読書 漢詩と暮らす』(東京四季出版、2018年)、近刊に『漢詩の手帖 いつかたこぶねになる日』(素粒社、2020年)。ブログ「小津夜景日記」
【セクト・ポクリット管理人より読者のみなさまへ】