胎動に覚め金色の冬林檎 神野紗希【季語=冬林檎(冬)】


胎動に覚め金色の冬林檎)

神野紗希)

『すみれそよぐ』所収)


最終週の今回は告白的なことを。筆者は林檎を俳号としているが、林檎を食べるのは好きでも句にするのは得意でない。毎年格闘はしているが、どうもうまくいった気がしないのだ。それだけに同時代の俳人による林檎の句は気になる。林檎が苦手なのだから青林檎や冬林檎はもっと苦手だ。名は体を表す。林檎の詠めない林檎にならないよう精進していきたい。

名は体を表すのと同様、タイトルも内容を表す。内容と合わない場合にはそこに意味がある。筆者の中でこれまでに接した映画のタイトル歴代ベストワンは「時をかける少女」だ。SFであることを端的に伝えつつ詩的な表現ではないか。「を」が輝いている。

 『プロデュースの基本』(著:木﨑賢治/沢田研二、吉川晃司、槇原敬之、BUMP OF CHIKENなどを手がけた音楽プロデューサー)には“阿久悠さんと仕事をして気づいたことのひとつに、タイトルが先にあるといいというのがあります”という記述がある。『TOKIO』(1979年・糸井重里作詞)もタイトルが先だったという。タイトルという軸があるからこの歌の世界はこんなに飛躍できたのかもしれない。俳句にも季題という強固な軸がある。

著者が手がけたBUMP OF CHIKENが昨年の紅白歌合戦で歌っているのを鑑賞し改めてそのタイトルの魅力に気づいた。『天体観測』も『なないろ』も歌詞の世界を具体で示しながら歌詞に登場する語彙とぶつかることなくほどよい距離感を保ち続けている。タイトルとはこうやってつけるものなのだなあ、と嘆息したものである。

胎動に覚め金色の冬林檎 神野紗希

地震かと思ったら胎動だったことがある。うたた寝を覚ますくらいの力は胎動には充分にあるものだ。全体の印象から〈金の輪の春の眠りに入りけり 虚子〉を思ったが、掲句では金色なのは冬林檎。とはいえ日差しの中で眠るあの幸せな眩しさに金色を感じとるという点では共通している。金色の林檎を宿す日々の感慨を託した比喩が眩しい。

「金色」といった言葉は使い方によっては作品の格を左右することがあるが、この句では冬林檎という確固たる映像を持った季語を描写するために別の色が入ることは考え難い。貯蔵するという季語の本意においても冬林檎が最もふさわしい。

抽象の匂いをまといながら重量感と色彩を伝える力強さがあるのは季語の選択によるものだ。季語は作品のタイトルであり、広がり行く世界の軸なのだから。今、筆者がもっとも嫉妬している林檎関連の句である。

さて、締めくくりにもうひとつ告白しておきたい。第2週では手癖からの解放について、第3週では場面設定の重要性について述べたがそれらに該当することは全て『プロデュースの基本』に記されている。初週で述べた「生きるとは選択の連続」という話も、同書では“人間は基本的に、好きなことと嫌いなことを口に出して言ってるだけのような気がする”とあるが、YouTubeの番組「音楽の方程式Vol.12【GUEST : ふくりゅう】②」の中で著者は「生きることは好きなものを選ぶこと」という別の表現を採用している。そうしたわけで筆者自身のオリジナルは初週に記した「日本語がわからない」という吐露だけであった。

4週にわたって書いてきたこと自体様々な人の言葉をお借りしてきたのだが、軸となる考え方まで借用していることをここに告白しておく。

自分の人生にタイトルをつけるとしたら?最高に魅力的なものを見つけるつもりである。

 ※連載の全てにおいて敬称略とさせていただきました。

吉田林檎


【執筆者プロフィール】
吉田林檎(よしだ・りんご)
昭和46年(1971)東京生まれ。平成20年(2008)に西村和子指導の「パラソル句会」に参加して俳句をはじめる。平成22年(2010)「知音」入会。平成25年(2013)「知音」同人、平成27年(2015)第3回星野立子賞新人賞受賞、平成28年(2016)第5回青炎賞(「知音」新人賞)を受賞。俳人協会会員。句集に『スカラ座』(ふらんす堂、2019年)


【吉田林檎の自選10句】

客席の暗がりに春惜しみけり

残り香のありさうな大夕焼かな

星涼し肩すくめればピアス揺れ

避暑の夜の指ピストルに撃たれけり

露けしや鏡に書けば呪文めき

夜業終へ第一声の裏返る

冬服のボタン全開男の子どち

走ることやめれば青し冬の空

海のあを空より深し百合鷗

凍星や心の声の静まりぬ



【2022年1月の火曜日☆菅敦のバックナンバー】

>>〔1〕賀の客の若きあぐらはよかりけり 能村登四郎
>>〔2〕血を血で洗ふ絨毯の吸へる血は   中原道夫
>>〔3〕鉄瓶の音こそ佳けれ雪催      潮田幸司

【2022年1月の水曜日☆吉田林檎のバックナンバー】

>>〔1〕水底に届かぬ雪の白さかな    蜂谷一人
>>〔2〕嚔して酒のあらかたこぼれたる  岸本葉子
>>〔3〕呼吸するごとく雪降るヘルシンキ 細谷喨々

【2021年12月の火曜日☆小滝肇のバックナンバー】

>>〔1〕柿くへば鐘が鳴るなり法隆寺    正岡子規
>>〔2〕内装がしばらく見えて昼の火事   岡野泰輔
>>〔3〕なだらかな坂数へ日のとある日の 太田うさぎ
>>〔4〕共にゐてさみしき獣初しぐれ   中町とおと

【2021年12月の水曜日☆川原風人のバックナンバー】

>>〔1〕綿入が似合う淋しいけど似合う    大庭紫逢
>>〔2〕枯葉言ふ「最期とは軽いこの音さ」   林翔
>>〔3〕鏡台や猟銃音の湖心より      藺草慶子
>>〔4〕みな聖樹に吊られてをりぬ羽持てど 堀田季何
>>〔5〕ともかくもくはへし煙草懐手    木下夕爾

【2021年11月の火曜日☆望月清彦のバックナンバー】

>>〔1〕海くれて鴨のこゑほのかに白し      芭蕉
>>〔2〕木枯やたけにかくれてしづまりぬ    芭蕉
>>〔3〕葱白く洗ひたてたるさむさ哉      芭蕉
>>〔4〕埋火もきゆやなみだの烹る音      芭蕉
>>〔5-1〕蝶落ちて大音響の結氷期  富沢赤黄男【前編】
>>〔5-2〕蝶落ちて大音響の結氷期  富沢赤黄男【後編】

【2021年11月の水曜日☆町田無鹿のバックナンバー】

>>〔1〕秋灯机の上の幾山河        吉屋信子
>>〔2〕息ながきパイプオルガン底冷えす 津川絵理子
>>〔3〕後輩の女おでんに泣きじゃくる  加藤又三郎
>>〔4〕未婚一生洗ひし足袋の合掌す    寺田京子

【2021年10月の火曜日☆千々和恵美子のバックナンバー】

>>〔1〕橡の実のつぶて颪や豊前坊     杉田久女
>>〔2〕鶴の来るために大空あけて待つ  後藤比奈夫
>>〔3〕どつさりと菊着せられて切腹す   仙田洋子
>>〔4〕藁の栓してみちのくの濁酒     山口青邨

2021年10月の水曜日☆小田島渚のバックナンバー】

>>〔1〕秋の川真白な石を拾ひけり   夏目漱石
>>〔2〕稻光 碎カレシモノ ヒシメキアイ 富澤赤黄男
>>〔3〕嵐の埠頭蹴る油にもまみれ針なき時計 赤尾兜子
>>〔4〕野分吾が鼻孔を出でて遊ぶかな   永田耕衣


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