一つだに動かぬ干梅となりて 佛原明澄【季語=干梅(夏)】


一つだに動かぬ干梅となりて

佛原明澄
『棚田』(平成六年刊)所収

「秋草」に入会後、山口昭男主宰から「爽波と素十を読んでください」と言われた。なぜ素十なのかはわからないまま、とりあえず『波多野爽波の百句』『素十の一句』(ふらんす堂)を読み進めていった。

読んでいくと、素十の句には想像をはるかに超えてくる面白さがあった。特に「農」の句は、夏の季語であれば<早乙女の夕べの水にちらばりて>、<小波の立ちてうれしき植田かな>、<やや遅れ出てゆく母や田草取>など、句中の人物がとにかくいきいきとしていてる。<春の月ありしところに梅雨の月>、<塵とりに凌霄の花と塵すこし>などの写生句は、そのままを素直にかつ明晰に描写している。物を詠いながらも人の気配がどこかうっすらと感じられる。俳句となる物やその見方を肌で感じ取りなさい、という山口主宰のアドバイスだと解釈した。(なるほどこういうところを見るのか)と、なんとなく俳句になるところとならないところとが掴めたような気になる。でもそのような気は勘違いだったということが、「秋草」の句会でわかる。こんな思い違いを、飽きもせず今もひたすら繰り返している。

さて、掲句を知ったのは、田中裕明・森賀まり共著の『癒しの一句』(ふらんす堂)からである(佛原明澄さんは、かつて「青」と「ゆう」に所属されており、<燕の子見てゐて風呂が沸き過ぎて>や<大蘇鉄濡れて乾いて秋祭>などの句がそれぞれに掲載されている)。梅を干すという動作やその人物を描かずに、また辺りに見えているものや景色を詠わずに、干された梅だけをターゲットにした一本勝負である。「一つ」という数と「だに」という強い否定の言葉との相乗効果によって、太陽の下に干されたたくさんの梅の、その深々とした皺や乾ききったぼこぼこの表面が想起される。「動かぬ」で軽く切れているところも、ごつごつした干梅に合っている。この干梅は、まるで頑固おやじの集団みたいだ。そう簡単には世の中に迎合しないぞ!という心意気までも一読者として勝手に受け取ってしまう。言葉に過不足のない潔い一句だ。

客観写生から心情が伝わってくる

明澄さんの詠う干梅句から感じるのは、このような、わたしが今後目指してゆきたい方向のひとつである。淡々とした端正な客観写生の中に潜む、決して読者に強要することのない心情がある句に憧れる。その方向へゆくためには、素十をもっと読み込まないといけないと感じている。目指すところの道は険しく、遥か彼方まできっとずっと続いている。

山口主宰の写生句で心情を感じる句は、第四句集『礫』では下の句が抜群だ。心がちょっとざわざわして、ちょっと変な主宰句から多くを学んでゆきたい。

白玉の隣の白と違ふ白  昭男(『礫』所収)

村上瑠璃甫


【執筆者プロフィール】
村上瑠璃甫(むらかみ・るりほ)「秋草」所属
1968年 大阪生まれ
2018年 俳句を始める
2020年12月 「秋草」入会、山口昭男に師事
2024年6月 第一句集『羽根』を朔出版より刊行

これまで見たことのない大胆な取り合わせに、思わずはっと息をのむ。選び抜かれた言葉は透明感をまとい、一句一句が胸の奥深くまで届くような心地よさが魅力。今、注目の俳誌「秋草」で活躍する精鋭俳人の、待望の初句集!「秋草」以後の298句収録。

村上瑠璃甫句集『羽根』

発行:2024年6月6日
序文:山口昭男
装丁装画:奥村靫正/TSTJ
四六判仮フランス装 184頁
定価:2200円(税込)
ISBN:978-4-911090-10-7 C0092


2020年10月からスタートした「ハイクノミカタ」。【シーズン1】は、月曜=日下野由季→篠崎央子(2021年7月〜)、火曜=鈴木牛後、水曜=月野ぽぽな、木曜=橋本直、金曜=阪西敦子、土曜=太田うさぎ、日曜=小津夜景さんという布陣で毎日、お届けしてきた記録がこちらです↓



【2024年7月の火曜日☆村上瑠璃甫のバックナンバー】
>>〔1〕先生が瓜盗人でおはせしか 高浜虚子

【2024年7月の木曜日☆中嶋憲武のバックナンバー】
>>〔5〕東京や涙が蟻になってゆく 峠谷清広

【2024年6月の火曜日☆常原拓のバックナンバー】
>>〔5〕早乙女のもどりは眼鏡掛けてをり 鎌田恭輔
>>〔6〕夕飯よけふは昼寝をせぬままに 木村定生
>>〔7〕鯖買ふと決めて出てゆく茂かな 岩田由美
>>〔8〕缶ビールあけて東京ひびきけり 渡辺一二三

【2024年6月の水曜日?☆阪西敦子のバックナンバー】
>>〔124〕留守の家の金魚に部屋の灯を残し 稲畑汀子
>>〔125〕金魚大鱗夕焼の空の如きあり 松本たかし

【2024年6月の木曜日☆中嶋憲武のバックナンバー】
>>〔1〕赤んぼころがり昼寝の漁婦に試射砲音 古沢太穂
>>〔2〕街の縮図が薔薇挿すコップの面にあり 原子公平
>>〔3〕楽譜読めぬ子雲をつれて親夏雲 秋元不死男
>>〔4〕汗の女体に岩手山塊殺到す 加藤楸邨

【2024年5月の火曜日☆常原拓のバックナンバー】
>>〔1〕今年の蠅叩去年の蠅叩 山口昭男
>>〔2〕本の背は金の文字押し胡麻の花 田中裕明
>>〔3〕夜の子の明日の水着を着てあるく 森賀まり
>>〔4〕菱形に赤子をくるみ夏座敷 対中いずみ

【2024年5月の水曜日☆杉山久子のバックナンバー】
>>〔5〕たくさんのお尻の並ぶ汐干かな 杉原祐之
>>〔6〕捩花の誤解ねぢれて空は青 細谷喨々
>>〔7〕主われを愛すと歌ふ新樹かな 利普苑るな
>>〔8〕青嵐神社があったので拝む 池田澄子
>>〔9〕万緑やご飯のあとのまたご飯 宮本佳世乃

【2024年5月の木曜日☆小助川駒介のバックナンバー】
>>〔4〕一つづつ包むパイ皮春惜しむ 代田青鳥
>>〔5〕しまうまがシャツ着て跳ねて夏来る 富安風生
>>〔6〕パン屋の娘頬に粉つけ街薄暑 高田風人子
>>〔7〕ラベンダー添へたる妻の置手紙 内堀いっぽ

【2024年4月の火曜日☆阪西敦子のバックナンバー】
>>〔119〕初花や竹の奥より朝日かげ    川端茅舎
>>〔120〕東風を負ひ東風にむかひて相離る   三宅清三郎
>>〔121〕朝寝楽し障子と壺と白ければ   三宅清三郎
>>〔122〕春惜しみつゝ蝶々におくれゆく   三宅清三郎
>>〔123〕わが家の見えて日ねもす蝶の野良 佐藤念腹

【2024年4月の水曜日☆杉山久子のバックナンバー】
>>〔1〕麗しき春の七曜またはじまる 山口誓子
>>〔2〕白魚の目に哀願の二つ三つ 田村葉
>>〔3〕無駄足も無駄骨もある苗木市 仲寒蟬
>>〔4〕飛んでゐる蝶にいつより蜂の影 中西夕紀

【2024年4月の木曜日☆小助川駒介のバックナンバー】
>>〔1〕なにがなし善きこと言はな復活祭 野澤節子
>>〔2〕春菊や料理教室みな男 仲谷あきら
>>〔3〕春の夢魚からもらふ首飾り 井上たま子

【2024年3月の火曜日☆鈴木総史のバックナンバー】
>>〔14〕芹と名がつく賑やかな娘が走る 中村梨々
>>〔15〕一瞬にしてみな遺品雲の峰 櫂未知子
>>〔16〕牡丹ていっくに蕪村ずること二三片 加藤郁乎

【2024年3月の水曜日☆山岸由佳のバックナンバー】
>>〔5〕唐太の天ぞ垂れたり鰊群来 山口誓子
>>〔6〕少女才長け鶯の鳴き真似する  三橋鷹女
>>〔7〕金色の種まき赤児がささやくよ  寺田京子

【2024年3月の木曜日☆板倉ケンタのバックナンバー】
>>〔6〕祈るべき天と思えど天の病む 石牟礼道子
>>〔7〕吾も春の野に下りたてば紫に 星野立子


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