ハイクノミカタ

空のいろ水のいろ蝦夷延胡索 斎藤信義【季語=蝦夷延胡索(夏)】


空のいろ水のいろ蝦夷延胡索

斎藤信義


五月の花といえばエゾエンゴサク。わが家の放牧地にもたくさんある。ほんの十センチほどの小さな植物だが、牧草も伸びないうちにもう咲いている。早春、他の植物の日陰にならないうちに花を咲かせ、光合成を行い、夏以降は地下の塊茎だけになって過ごしているらしい。

これがエゾエンゴサク

このような植物は「スプリング・エフェメラル」と総称されていて、「春のはかないもの」「春の短い命」という意味であるとのこと。小さなもの、はかないものが古来より愛されてきたこの国で、これに相当する言葉がないのが不思議な感じがするが、この種類の草本が分布するのが本州中部以北に限られ、西日本にほとんどないからかもしれない。

  空のいろ水のいろ蝦夷延胡索

空、水、エゾエンゴサクに共通するのは、色でいえば「青」。エゾエンゴサクは個体によって色はかなり違うが、青から紫の間の色だ。それに快晴の空の色と、その空を映す水の色を取り合わせている。

私はこの句から、牧場の中においてある牛の水飲み用の水槽を思った。水槽は円形で、直径が1メートルくらい。湧き水を汲み上げるポンプと繫がっていて、牛が飲んだ分だけ水が補充される仕組みになっている。風がないときは鏡面のように空を映して、張りつめた静寂が湛えられている。

その周りに咲いているエゾエンゴサクの群落と、空と水のそれぞれの青がおのれを主張しつつ調和しているさまは、いかにも五月にふさわしい風景である。

「雪晴風」(2018年)所収。

鈴木牛後


【執筆者プロフィール】
鈴木牛後(すずき・ぎゅうご)
1961年北海道生まれ、北海道在住。「俳句集団【itak】」幹事。「藍生」「雪華」所属。第64回角川俳句賞受賞。句集『根雪と記す』(マルコボ.コム、2012年)『暖色』(マルコボ.コム、2014年)『にれかめる』(角川書店、2019年)


【鈴木牛後のバックナンバー】
>>〔31〕一臓器とも耕人の皺の首       谷口智行
>>〔30〕帰農記にうかと木の芽の黄を忘ず   細谷源二
>>〔29〕他人とは自分のひとり残る雪     杉浦圭祐
>>〔28〕木の根明く仔牛らに灯のひとつづつ  陽美保子
>>〔27〕彫り了へし墓抱き起す猫柳     久保田哲子
>>〔26〕雪解川暮らしの裏を流れけり     太田土男
>>〔25〕鉄橋を決意としたる雪解川      松山足羽
>>〔24〕つちふるや自動音声あかるくて  神楽坂リンダ
>>〔23〕取り除く土の山なす朧かな     駒木根淳子
>>〔22〕引越の最後に子猫仕舞ひけり      未来羽
>>〔21〕昼酒に喉焼く天皇誕生日       石川桂郎
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>>〔14〕牛日や駅弁を買いディスク買い   木村美智子
>>〔13〕牛乳の膜すくふ節季の金返らず   小野田兼子
>>〔12〕懐手蹼ありといつてみよ       石原吉郎
>>〔11〕白息の駿馬かくれもなき曠野     飯田龍太
>>〔10〕ストーブに貌が崩れていくやうな  岩淵喜代子
>>〔9〕印刷工枯野に風を増刷す        能城檀 
>>〔8〕馬孕む冬からまつの息赤く      粥川青猿
>>〔7〕馬小屋に馬の表札神無月       宮本郁江
>>〔6〕人の世に雪降る音の加はりし     伊藤玉枝
>>〔5〕真っ黒な鳥が物言う文化の日     出口善子
>>〔4〕啄木鳥や落葉をいそぐ牧の木々   水原秋桜子
>>〔3〕胸元に来し雪虫に胸与ふ      坂本タカ女
>>〔2〕糸電話古人の秋につながりぬ     攝津幸彦
>>〔1〕立ち枯れてあれはひまはりの魂魄   照屋眞理子


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