一臓器とも耕人の皺の首
谷口智行
人の老いは自覚的には目や歯から来るが、他人から見ればまず首から始まると言えるかもしれない。「首のシワを改善しましょう」というような広告を目にすることもあり、首というのは人間にとっていろいろとウィークポイントであるようだ。
ふつうの人でもそうなのだから耕人ならなおさらだろう。顔はまだ帽子の庇で直射日光を遮ることもできようが、首はほとんどの場合無防備だからだ。女性は当地で「出面帽」と呼ばれている(正式名称は何というのだろうか)、首を覆う布のついた帽子を被っていることが多いが、男性の首はひたすら日光に曝されている。その結果、耕人の首には幾筋もの深い縦皺が刻まれ、まるで生きてきた歴史の山や谷がそこに映し出されたようになってしまう。
作者は熊野地方で医院を開業している医師であるから、診察でその首を見たのだろう。あるいは触ったり撫でたりしたかもしれない。そしてそこに「臓器」を見たのである。何か特定の臓器を思わせるような形状をそこに感じたのか、あるいは通常の皮膚とは異なる様相から連想したのか。
臓器は日常とは隔絶した存在だ。生命の維持に欠かせない役割を果たしながらも、人の目からは隠されたもの。耕人の首の皺も、都会に暮らす人々の目の及ばないところで日々刻まれている。そこで生産される食糧が日々の暮らしに欠かせないものであるにもかかわらず、だ。そんな首にあえて注目したのは、熊野という一地方に住み、医師と俳人の両方の肩書を持つ人ならではの視座からであろう。
「藁嬶」(2004年)所収。
(鈴木牛後)
【執筆者プロフィール】
鈴木牛後(すずき・ぎゅうご)
1961年北海道生まれ、北海道在住。「俳句集団【itak】」幹事。「藍生」「雪華」所属。第64回角川俳句賞受賞。句集『根雪と記す』(マルコボ.コム、2012年)、『暖色』(マルコボ.コム、2014年)、『にれかめる』(角川書店、2019年)。
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