冬ざれや石それぞれの面構へ
若井新一
何度も見てしまう夢がある人は少なくないのではないだろうか。受験の夢というのはよく聞く。演劇部出身の筆者は幕が上がるのに台詞が入っていないという夢が最も多い。最近はさすがに減ってきたが、今でもたまにそういう夢を見る。
学生時代、そんな夢に匹敵することを現実にしてしまったことがある。別役実の戯曲による「トイレはこちら」を上演した際のこと。2人芝居で特に場面転換もなく進む会話劇であった。通しで演じたら60分ほどかかるところ、台詞を飛ばして40分ほどで終らせてしまったことがある。それでも一応成立したのであった。その回をご覧頂いた皆さま、申し訳ございませんでした!その後長きにわたって似たような夢をみることになるきっかけはここにあったのかもしれない。
人前に立つのが苦手なのを克服するのに観客をかぼちゃだと思えば良いという解決策は今でも幅広く受け入れられているのだろうか。人前に立つということはそこで何かをするから立つわけで、人をかぼちゃと思う余裕もないのではないか。心がけで解決するのは難しい。筆者は大きな声でゆっくり喋るという対策をとっている。といっても最近では人前に立って緊張するようなこともないのだが。
冬ざれや石それぞれの面構へ 若井新一
子どもの頃、夜中に天井を見ると顔が浮かび上がってきて怖かったのは点が3つあれば顔に見えるからだ。点がなくても、口の形がしっかりしていれば随分立派な顔になる。
「石ころ」などとも呼ばれてしまう通り石は取るに足らないものの代名詞として使われる。一方、石が大好きという人もいる。動物の個体の見分けに比べたら石を見分けることはわけないことであろう。だがこの句の作者は石が好きなのだとしてしまえば話は簡単にしてつまらない。
石に面構えを読み取るとはどういうことなのだろう。人間が信念をもって生きていくように、面構えを持ったのであれば石にも信念が感じられる。石自体が一朝一夕に出来るものではないものなのだからそれを感じ取ることは不自然ではない。
作者は北国の農業従事者。田んぼの中の石を拾うことはトラクターの爪を守るために大切な作業ときく。米を作る上では敵と見なすこともできるが石にも信念があるのだろう、だから彼らがあるべき場所に返してやるのだ、という気持ちで取り組めば良い土壌が育っていきそうである。しかし相手は石。心をかけたところで戻ってくるものはなく、冬ざれの景色が広がるのみなのだ。
顔を顔と思うなと教え、顔でないものに顔を感じる。面白い方を選べば良い。
『風雪』(2021年刊)所収。
(吉田林檎)
【執筆者プロフィール】
吉田林檎(よしだ・りんご)
昭和46年(1971)東京生まれ。平成20年(2008)に西村和子指導の「パラソル句会」に参加して俳句をはじめる。平成22年(2010)「知音」入会。平成25年(2013)「知音」同人、平成27年(2015)第3回星野立子賞新人賞受賞、平成28年(2016)第5回青炎賞(「知音」新人賞)を受賞。俳人協会会員。句集に『スカラ座』(ふらんす堂、2019年)。
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