ハイクノミカタ

冬と云ふ口笛を吹くやうにフユ 川崎展宏【季語=冬(冬)】


冬と云ふ口笛を吹くやうにフユ)

川崎展宏

 ブレンディのCMで原田知世は「ふぅ」と息をついていたがあれが「はぁ」だったら愁いのニュアンスを帯びて一息つく意味が変わってきていただろう。

 「ふ」はアルファベットで綴るにもヘボン式では[fu]、訓令式・日本式では[hu]となっていてメールアドレスなどで揺れが生じることがある。規則性よりも発音を優先するヘボン式の場合はハ行の他の音は[h]+母音なのに「ふ」だけ[fu]となっている。そもそも日本語がそうだったことを思うとこういう例外は楽しい。

 「ふ」を発音する時は唇付近に風を起こすが[h]の音は舌のつけ根当たりに風を起こす。後者のように「は、ひ、へ、ほ」で使われているのが[h]の音とするとこの方式で「ふ」を発音することは至難の技だ。どうしても「ほ」または「く」になってしまう。

 英語はこの難題にあたり上歯を下唇に当てて[f]を発明することで解決した。[hu]と綴って「ヒュー」と読ませるという別案もあった。そこを日本語では風を起こす位置を変えることで解決したのだ。…と思う。

 筆者史上最高にクールと思う「ふ」は「パープルタウン」(八神純子)。歌詞は「hu hu hu」になっている。実際に歌ってみると「fu fu fu」よりも近い感じがする。裏声なら[h]で「ふ」を発音しやすい。「フフフ」では笑いになる。同じ「ふ」でもやはり「hu hu hu」が良い。一つの音でも綴りの違いで多様なニュアンスを感じられる。

  冬と云ふ口笛を吹くやうにフユ   川崎展宏

 「ふ」好きの筆者にとってこの句は「ふ」賛歌だと言っても過言ではない。「冬」「吹く」「フユ」と3つの「ふ」が出てくるが、それだけではない。「云ふ」は「う」と読むものの「ふ」の字が出てくるし、「口笛」は「ぶ」ではあるが脳裏には口笛の「ぶ」=「ふ」が過ぎる。

 冒頭「冬」が漢字で「ふ」の字が隠されているが、徐々に「ふ」の字や音のリフレインが刻まれ、最後には「フユ」という冷たい綴りで寒さを伝えている。カタカナの冷たさだ。他でもない「フユ」であることによって「ヒュー」と風が吹き抜けていく。「ふ」で始まる他の単語、例えば「ふね」ではこんな風は起こらない。

 「ふ」を愛しているのは筆者だけではないと思う。〈ふはふはのふくろふの子のふかれをり 小澤實〉〈あたたかや布巾にふの字ふつくらと 片山由美子〉〈三月の甘納豆のうふふふふ 坪内稔典〉からはどれも「ふ」の字の優しさを感じる。ひらがなの「ふ」が羽毛のようで見た目にも柔らかい。

 ため息を原田知世風の「ふぅ」に変えたら少し幸福感が上がるのでお勧めしたい。

『秋』(1997年刊)所収。

※掲句は日下野由季さんも2020年11月9日の「ハイクノミカタ」で取り上げています。ここで読んだことは一旦忘れてリンク先までどうぞ。

吉田林檎


【執筆者プロフィール】
吉田林檎(よしだ・りんご)
昭和46年(1971)東京生まれ。平成20年(2008)に西村和子指導の「パラソル句会」に参加して俳句をはじめる。平成22年(2010)「知音」入会。平成25年(2013)「知音」同人、平成27年(2015)第3回星野立子賞新人賞受賞、平成28年(2016)第5回青炎賞(「知音」新人賞)を受賞。俳人協会会員。句集に『スカラ座』(ふらんす堂、2019年)


【吉田林檎さんの句集『スカラ座』(ふらんす堂、2019年)はこちら ↓】

星野高士句集『渾沌』!】



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>>〔1〕水底に届かぬ雪の白さかな    蜂谷一人


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