無駄足も無駄骨もある苗木市 仲寒蟬【季語=苗木市(春)】


無駄足も無駄骨もある苗木市

仲寒蟬

2Fのカウンター席から駅通りが見えてまったりするのによいカフェ。普段誰も居ない空間にその日は珍しく奥の席に男女カップルの先客が。

1口…2口と飲んで落ち着いてきたころ、背後から男女の会話が耳に入って来始めた。

聴きつづけると(オイっ、耳ダンボで聴きつづけたんかいっとのツッコミもありましょうが、そこは、ほら…)どうやらマッチングアプリか何か?出会い系サイトみたいな類で知り合い、今日が初顔合わせの場のようだった。

姿は見ていないが、喋り方と声で30代後半男性と20代前半女性と推察。
以下Y氏(仮称)とⅯちゃん(仮称)で。(イニシャルは私の勝手なイメージ)

Y「できれば長く付き合いたいんだよね。でも彼氏が出来たらその時は遠慮なく言ってくれればいいから。自分は安心感が欲しいんだよね。生活の中にオアシスが。さみしさを埋めるためのオアシスになってもらえたら」

Y氏はうぶっぽいⅯちゃんのことを相当気に入っている様子。
Ⅿちゃんは過去に出会い系で数人の人に会ったが、そのほとんどがガツガツ迫ってきて「怖くなって」としおらしい。

Y「ぶっちゃけ言うけど20代の時とかは自分本位でがんがん行ってたんだよね。」
(今は大人だから君の心の準備が整うまで待つよとアピール)

「でも肌が合うっていうものめっちゃ大事なんよ。めっちゃ好きでめっちゃ性格とかいいんだけど、そっちが合わんのもあるし、逆にそっちだけ合うってのもあるし…」と「めっちゃ」を「めっちゃ」使って力説。

Y「さっきからね、Ⅿちゃんの中身を見よるんよ。育ちがいいというかね。商売商売した人は嫌だし、だからがんがんは行かないし、純すぎて、ピュアすぎて行かん方がいいよなって…」

と言うてる端から

「免許証コピーしてもいいし」
(ってやる気満々やないか!)

うわあ、このセリフ言われた記憶が、いや待てよ、コピーじゃなくて預けるって言われたんだった。

気づいたら20年前…過去のヤバい事まで思い出したじゃないか。

あれから行ってないな、沖縄。

それは置いといて。もう電車の時間が来た私は後ろ髪惹かれつつ、のらりくらりのⅯちゃんの方が上手と判定しつつ、その場を去った。

無駄足も無駄骨もある苗木市
仲寒蟬

杉山久子


【執筆者プロフィール】
杉山久子(すぎやま・ひさこ)
平成元年より作句。第2回芝不器男俳句新人賞受賞。句集『栞』他4冊。紀行文集『行かねばなるまい』

早くから才能を発揮し、芝不器男俳句新人賞、山口県芸術文化振興奨励賞に続き、前作『泉』では第1回姨捨俳句大賞を受賞した著者。宇宙の中の一存在として詠み、しなやかで独創的な感性が煌めく注目の第四句集。

◆帯より

冬星につなぎとめたき小舟あり

過ぎてゆく日常に栞をはさむように句を作っているのかもしれないと、少し前から感じるようになった。
言葉にならないけれど言葉を取り巻くもの、言葉と言葉のあわいにあるものの輝きも、ともに受け取り、味わってゆきたい。(杉山久子

1997年7月~1999年4月、
月刊俳句新聞『子規新報』に連載された
「お遍路は風まかせ」が書籍化!

興味本位からスタートした
ドタバタ四国遍路紀行……

180ページの本書の下端両角には
表紙画も担当した流水彩子のパラパラ漫画付き。
装丁は律川エレキ。


2020年10月からスタートした「ハイクノミカタ」。【シーズン1】は、月曜=日下野由季→篠崎央子(2021年7月〜)、火曜=鈴木牛後、水曜=月野ぽぽな、木曜=橋本直、金曜=阪西敦子、土曜=太田うさぎ、日曜=小津夜景さんという布陣で毎日、お届けしてきた記録がこちらです↓



【2024年4月の火曜日☆阪西敦子のバックナンバー】
>>〔119〕初花や竹の奥より朝日かげ    川端茅舎
>>〔120〕東風を負ひ東風にむかひて相離る   三宅清三郎
>>〔121〕朝寝楽し障子と壺と白ければ   三宅清三郎

【2024年4月の水曜日☆杉山久子のバックナンバー】
>>〔1〕麗しき春の七曜またはじまる 山口誓子
>>〔2〕白魚の目に哀願の二つ三つ 田村葉

【2024年4月の木曜日☆杉山久子のバックナンバー】
>>〔1〕なにがなし善きこと言はな復活祭 野澤節子

【2024年3月の火曜日☆鈴木総史のバックナンバー】
>>〔14〕芹と名がつく賑やかな娘が走る 中村梨々
>>〔15〕一瞬にしてみな遺品雲の峰 櫂未知子
>>〔16〕牡丹ていっくに蕪村ずること二三片 加藤郁乎

【2024年3月の水曜日☆山岸由佳のバックナンバー】
>>〔5〕唐太の天ぞ垂れたり鰊群来 山口誓子
>>〔6〕少女才長け鶯の鳴き真似する  三橋鷹女
>>〔7〕金色の種まき赤児がささやくよ  寺田京子

【2024年3月の木曜日☆板倉ケンタのバックナンバー】
>>〔6〕祈るべき天と思えど天の病む 石牟礼道子
>>〔7〕吾も春の野に下りたてば紫に 星野立子

【2024年2月の火曜日☆鈴木総史のバックナンバー】
>>〔10〕足跡が足跡を踏む雪野かな 鈴木牛後
>>〔11〕父の手に負へぬ夜泣きや夏の月 吉田哲二
>>〔12〕トラックに早春を積み引越しす 柊月子
>>〔13〕故郷のすすしの陰や春の雪 原石鼎

【2024年2月の水曜日☆山岸由佳のバックナンバー】
>>〔1〕雪折を振り返ることしかできず 瀬間陽子
>>〔2〕虎の上に虎乗る春や筥いじり 永田耕衣
>>〔3〕人のかほ描かれてゐたる巣箱かな 藤原暢子
>>〔4〕とぼしくて大きくて野の春ともし 鷲谷七菜子

【2024年2月の木曜日☆板倉ケンタのバックナンバー】
>>〔1〕寒卵良い学校へゆくために 岩田奎
>>〔2〕泥に降る雪うつくしや泥になる 小川軽舟
>>〔3〕時計屋の時計春の夜どれがほんと 久保田万太郎
>>〔4〕屋根替の屋根に鎌刺し餉へ下りぬ 大熊光汰
>>〔5〕誰も口にせぬ流氷の向かうの地 塩崎帆高

【2024年1月の火曜日☆土井探花のバックナンバー】
>>〔5〕初夢のあとアボカドの種まんまる 神野紗希
>>〔6〕許したい許したい真っ青な毛糸 神野紗希
>>〔7〕海外のニュースの河馬が泣いていた 木田智美
>>〔8〕最終回みたいな街に鯨来る 斎藤よひら
>>〔9〕くしゃみしてポラリス逃す銀河売り 市川桜子

【2024年1月の木曜日☆浅川芳直のバックナンバー】
>>〔5〕いつよりも長く頭を下げ初詣 八木澤高原
>>〔6〕冬蟹に尿ればどつと裏返る 只野柯舟
>>〔7〕わが腕は翼風花抱き受け 世古諏訪
>>〔8〕室咲きをきりきり締めて届きたり 蓬田紀枝子


【セクト・ポクリット管理人より読者のみなさまへ】

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