葉の中に混ぜてもらって点ってる
平田修
(『曼陀羅』1996年ごろ)
今日(6/22)は都議会議員選挙の投票に行ったあと、ある重要な用事のために車で所沢へ向かった。Aqoursという、アニメ作品「ラブライブ!サンシャイン!!」に登場するユニットの9周年ライブである。あまりラブライブの話を誰かにしたことはなかった気がするので、少しこの作品に対する思い入れの話をしようと思う。今回は文章の大半が単なるオタクの日記に近いものになるであろうことを、先に伝えておく。
シリーズ第一作「ラブライブ!」のTVアニメ放映開始は2013年。僕が中学1年生の頃である。宮崎の田舎から京都という妙な都市に繰り出し、インターネットというインフラに出会ったばかりの少年はちょうどこのラブライブというプロジェクトの漕ぎ出しを目撃する。今まさに広げられようとしている消費コンテンツの大網に、まんまと絡め取られてしまったわけである。楽曲を聴き、ソシャゲをプレイし、グッズを買い、映画館のライブビューイングにも参加した。とくに印象に残っているのは「推しキャラの誕生日には、プロフィールにある好物とされているものしか食べてはいけない」という友人とのおふざけ。ラーメンや白米が好物ならよいのだが、おやつや果物が好物のキャラの場合はかなり分が悪い。僕の推しキャラの好物はチョコレートだったので、かなりハードな一日を過ごした記憶がある。ともあれ、ラブライブは中学生の細村少年にとって相当に生活と隣接した存在であった。
そんな折、2015年に「助けて、ラブライブ!」とだけ記されたティザービジュアルとともに第二作目の「サンシャイン」が始動した。大ヒットしたラブライブの正統な続編でありながらもメンバーや舞台を総入れ替えしたサンシャインははじめ、ファンベースからの小さくない反発を受けた。中学3年生という跳ね返りたがりの時期にあった僕らにとってもその感情は例外なく湧き起こり、高校進学に伴う諸条件の変化も相まって、サンシャインのアニメ放映を一通り”確認”のようなニュアンスで視聴して以降はラブライブというコンテンツに触れることすら完全になくなっていた。
その後は大学・社会人とアニメから離れた生活を送っていたわけだが、その間に趣味のドライブを兼ねた旅行に度々出かけることがあった。都心から日帰り〜1泊で行けて海の見える街、というコンセプトで選んだ旅先は静岡県の沼津市。あまりいろいろなところに行きたいタイプでもないので、2〜3回/年のペースで沼津ばかりを訪れていた。そして、勘の良い方はすでにお気づきかもしれないが、この沼津という土地と密接に関係しているのが「ラブライブ!サンシャイン!!」だったのだ。
https://numazukanko.jp/feature/proudnumazu-lovelivesunshine/proudnumazu-lovelivesunshine
「サンシャイン」の舞台は沼津市の学校。企画段階から沼津市との強力なタイアップ体制が敷かれており、劇中にはさまざまな沼津の名所が実名で登場する。リアルの沼津市側でも多種多様なコラボが行われており、通年で走るラッピングバスやマンホールはもはや街の名物となっているほどだ。発表当初はかなりの逆風にあったコンテンツがここまで認められる存在に成長していることには感心したし、誇張抜きで沼津の至るところにAqoursのイラストが描かれていることにも驚いた。そもそもラブライブが高校生のアイドル活動を描いた作品であることも相まって、沼津は僕にとって否応なしに学生時代の情緒を思い出させる街となっていたのだ。
それ以来、ドライブの際などにときどきAqoursの楽曲を流すようになった。アニメ放映当時とは比較にならないほど増えた曲を、僕の知らないところでAqoursが走ってきた道を辿るようにひとつずつ聴いてゆく。たくさん行われたであろうイベントもコンテンツも声優さんの名前もなんにも知らないけれど、沼津への訪問を重ねるたびにサンシャインは僕にとって重要な作品になっていった。そんな折に中学時代からの友人に声をかけられて参加したのが今回のライブである。なお、彼は地方の全寮制予備校で4浪していたために周回遅れで医学生をやっており、外界と隔絶されていたその間もオタク活動を続けていたらしい。当然彼の話す内容は学生時代のことやアニメの話が多いわけだが、社会人となった我々同級生と話題が合わないこの現象を”コールドスリープ”と呼んでいた。
ライブ会場に入る。本当にコンテンツを追っていないために知らなかったのだが、今回はAqoursが単独で行うライブとしては最後になるらしい。初めて生で観るライブがラストライブというのもまた数奇なものである。ライブでは皆が「ブレード」と呼ばれるペンライトを持って応援するのがしきたりのようだが、それは既に売り切れていたから仕方なく手を叩くなどして輪に加わる。3万人の想いが詰まったライブ会場は異様な空気に満ちていて、それは今から始まろうとすることの重要さが僕にもすぐ判るほどであった。
ライブの参考画像はこちらから( https://www.oricon.co.jp/news/2392025/full/ )
ライブは思ったより自然と始まり、永遠とも思えるほど長い時間を僕たちにもたらしたのち、終わった。曲数も多かったから、実際に長いライブだったのだろう。人間はまだライブのことを言葉で語るすべを持たないので内容については割愛するが、最後とは思えないほど清々しい幕切れだった。てっきり名残惜しい気分になるものだと思っていたのだが、むしろこれからへの期待が膨らむような、元気をもらえるようなライブであった。
葉の中に混ぜてもらって点ってる 平田修
印象に残っているのは例の「ブレード」である。音楽ライブとは演者と観客それぞれが抱えるエネルギーのうねりが相互反応を起こす儀式だが、アイドルのライブにおいてファンの想いは光線という形で具象化する。光という形あるものをステージに向けることで、何かを通わせ合えるような印象が強まるのだろう。ブレードなし・徒手空拳での参加でも十分にその感覚を味わえたのだから、きっとそうだ。演者をはじめとしたチームの全力のパフォーマンスを、僕らはただ一塊の発光体となって受け取る。手の中に点る光を見つめたとき、そして視界に広がるそれぞれの光を見渡したとき、人間が本来みずから光を放つことのできる恒星であったことを思い出すのだ。
(細村星一郎)
【執筆者プロフィール】
細村星一郎(ほそむら・せいいちろう)
2000年生。第16回鬼貫青春俳句大賞。Webサイト「巨大」管理人。
【細村星一郎のバックナンバー】
>>〔61〕葉の中に混ぜてもらって点ってる 平田修
>>〔60〕あじさいの水の頭を出し闇になる私 平田修
>>〔59〕螢火へ言わんとしたら湿って何も出なかった 平田修
>>〔58〕海豚の子上陸すな〜パンツないぞ 小林健一郎
>>〔57〕夏の月あの貧乏人どうしてるかな 平田修
>>〔56〕逃げの悲しみおぼえ梅くもらせる 平田修
>>〔55〕春の山からしあわせと今何か言った様だ 平田修
>>〔54〕ぼく駄馬だけど一応春へ快走中 平田修
>>〔53〕人體は穴だ穴だと種を蒔くよ 大石雄介
>>〔52〕木枯らしや飯を許され沁みている 平田修
>>〔51〕ひまわりの種喰べ晴れるは冗談冗談 平田修
>>〔50〕腸にけじめの木枯らし喰らうなり 平田修
>>〔49〕木枯らしの葉の四十八となりぎりぎりでいる 平田修
>>〔48〕どん底の芒の日常寝るだけでいる 平田修
>>〔47〕私ごと抜けば大空の秋近い 平田修
>>〔46〕百合の香へすうと刺さってしまいけり 平田修
>>〔45〕はつ夏の風なりいっしょに橋を渡るなり 平田修
>>〔44〕歯にひばり寺町あたりぐるぐるする 平田修
>>〔43〕糞小便の蛆なり俺は春遠い 平田修
>>〔42〕ひまわりを咲かせて淋しとはどういうこと 平田修
>>〔41〕前すっぽと抜けて体ごと桃咲く気分 平田修
>>〔40〕青空の蓬の中に白痴見る 平田修
>>〔39〕さくらへ目が行くだけのまた今年 平田修
>>〔38〕まくら木枯らし木枯らしとなってとむらえる 平田修
>>〔37〕木枯らしのこの葉のいちまいでいる 平田修
>>〔36〕十二から冬へ落っこちてそれっきり 平田修
>>〔35〕死に体にするはずが芒を帰る 平田修
>>〔34〕冬の日へ曳かれちくしょうちくしょうこんちくしょう
>>〔33〕切り株に目しんしんと入ってった 平田修
>>〔32〕木枯らし俺の中から出るも又木枯らし 平田修
>>〔31〕日の綿に座れば無職のひとりもいい 平田修
>>〔30〕冬前にして四十五曲げた川赤い 平田修
>>〔29〕俺の血が根っこでつながる寒い川 平田修
>>〔28〕六畳葉っぱの死ねない唇の元気 平田修
>>〔27〕かがみ込めば冷たい水の水六畳 平田修
>>〔26〕青空の黒い少年入ってゆく 平田修
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>>〔24〕生まれて来たか九月に近い空の色 平田修
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>>〔21〕裁判所金魚一匹しかをらず 菅波祐太
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