止まり木に鳥の一日ヒヤシンス
津川絵理子
わが家は一部屋しかないのだけれど、なんとか快適に住もうとあれやこれやと工夫しているうちに、おのずと物のない、修行僧みたいな暮らし方をするようになった。幸い日本人なので、物がなくても周囲に不審がられることはない。うちに遊びにくる人はみんな、からっぽの部屋を見て「お。なるほど、これが禅なんだね!」と、いいように誤解してくれる。
物を置いたり飾ったりする余裕のない暮らしの中で、定期的にとりかえられ、しかも晴れやかな花は、空間のアクセントとしてとても重宝する。いまの季節はヒヤシンスなんか、とてもいい。
止まり木に鳥の一日ヒヤシンス 津川絵理子
せせこましさのない明快なデッサンが、窓いっぱいの春光を室内に呼び込んだ一句だ。止まり木の鳥と、茎の先端のヒヤシンスとのあいだに、ぽってりとした呼応があるのも愉しい。ってゆーか、ヒヤシンスって遠くからみると、完全にボリューミーな鳥じゃないですか。ヒヤシンスコンゴウという名のインコだっていますよね。
津川絵理子『夜の水平線』は、対象を認識する際の、軽すぎず重すぎない重量感覚がすばらしい佳書。巧みすぎて、ときどきホラーな様相を呈しているくらい。季語を立てすぎず、叙述となめらかに響きあう職人技も美しい。そんな中、掲句などは見過ごされがちな小品にあたると思うけれど、こうした大人目線の絵本のようなシンプルかつデザイン性の高い認識も、日常詠が中心であるこの句集の効果的なアクセントになっていると思った。
(小津夜景)
【小津夜景のバックナンバー】
>>〔23〕行く春や鳥啼き魚の目は泪 芭蕉
>>〔22〕春雷や刻来り去り遠ざかり 星野立子
>>〔21〕絵葉書の消印は流氷の町 大串 章
>>〔20〕菜の花や月は東に日は西に 与謝蕪村
>>〔19〕あかさたなはまやらわをん梅ひらく 西原天気
>>〔18〕さざなみのかがやけるとき鳥の恋 北川美美
>>〔17〕おやすみ
>>〔16〕開墾のはじめは豚とひとつ鍋 依田勉三
>>〔15〕コーヒー沸く香りの朝はハットハウスの青さで 古屋翠渓
>>〔14〕おやすみ
>>〔13〕幾千代も散るは美し明日は三越 攝津幸彦
>>〔12〕t t t ふいにさざめく子らや秋 鴇田智哉
>>〔11〕またわたし、またわたしだ、と雀たち 柳本々々
>>〔10〕しろい小さいお面いっぱい一茶のくに 阿部完市
>>〔9〕凩の会場へ行く燕尾服 中田美子
>>〔8〕アカコアオコクロコ共通海鼠語圏 佐山哲郎
>>〔7〕後鳥羽院鳥羽院萩で擲りあふ 佐藤りえ
>>〔6〕COVID-19十一月の黒いくれよん 瀬戸正洋
>>〔5〕風へおんがくがことばがそして葬 夏木久
>>〔4〕たが魂ぞほたるともならで秋の風 横井也有
>>〔3〕渚にて金澤のこと菊のこと 田中裕明
>>〔2〕ポメラニアンすごい不倫の話きく 長嶋 有
>>〔1〕迷宮へ靴取りにゆくえれめのぴー 中嶋憲武
【執筆者プロフィール】
小津夜景(おづ・やけい)
1973年生まれ。俳人。著書に句集『フラワーズ・カンフー』(ふらんす堂、2016年)、翻訳と随筆『カモメの日の読書 漢詩と暮らす』(東京四季出版、2018年)、近刊に『漢詩の手帖 いつかたこぶねになる日』(素粒社、2020年)。ブログ「小津夜景日記」
【セクト・ポクリット管理人より読者のみなさまへ】