あとからの蝶美しや花葵
岩木躑躅
東京は梅雨入りせず、緊急事態宣言は延長になって、オリンピックは…、相変わらず宙ぶらりん。季節が停滞したために、「ワクチントーク」が挨拶代わり、そんな金曜ですよ。
前回に引き続き、季題になれる言葉が複数入った句。題は「花葵」。明治十四年生まれ、本田あふひの六歳年下の岩木躑躅の句だ。ちなみに躑躅は男性。
あとからの蝶美しや花葵
前回はかなり拮抗した「麦打」と「花葵」だったけれど、今回のセンターはおそらく「花葵」。蝶は、花葵が選んだ状況のひとつとして、花葵にこの句ではセンターを譲っている。
しかし、今回センターでないにしても「あとからの蝶」の喚起力はどうだろう。句の始まりであるのに、「あとからの」。句が始まる前に、すくなくとも一頭の蝶がすでに過ぎていったことになる。先ほどのものがどうであったかは知れない。「美し」と言っているだけなので、「あとからの蝶」も詳しい様子はわからない。それでも、(蝶が嫌いな人を除けば)目にすれば少なからず喜びである蝶のうち、最初ではなく続いてきた蝶が描かれる点で、この「あとからの蝶」に特別な存在感が与えられていることがわかる。
花葵にはつぎつぎに蝶が訪れる。句はその一部の時間を切り取っただけのもの。「あとからの蝶」のあとには、また「そのあとの蝶」が現れるのだろう。入れ替わる蝶よりずっと長い時間をかけて、花葵はその花を開き、ある時から衰退を始める。
こうして、「まえの蝶」では描けない連続する時間がそこに流れる。
宙ぶらりんなようでいても、なんらかは進んでいると思って、停滞する週末をあとからを楽しみに。
※「季重なり・季重ね」という点で言えば、この句の数句前にある〈黒南風や熟れて黴持つ小麦の穂〉はなかなか。
『ホトトギス同人句集』(1938年)所収
(阪西敦子)
【阪西敦子のバックナンバー】
>>〔35〕麦打の埃の中の花葵 本田あふひ
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>>〔14〕去年今年貫く棒の如きもの 高浜虚子
>>〔13〕この出遭ひこそクリスマスプレゼント 稲畑汀子
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>>〔11〕おでん屋の酒のよしあし言ひたもな 山口誓子
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>>〔9〕コーヒーに誘ふ人あり銀杏散る 岩垣子鹿
>>〔8〕浅草をはづれはづれず酉の市 松岡ひでたか
>>〔7〕いつまでも狐の檻に襟を立て 小泉洋一
>>〔6〕澁柿を食べさせられし口許に 山内山彦
>>〔5〕手を敷いて我も腰掛く十三夜 中村若沙
>>〔4〕火達磨となれる秋刀魚を裏返す 柴原保佳
>>〔3〕行秋や音たてて雨見えて雨 成瀬正俊
>>〔2〕クッキーと林檎が好きでデザイナー 千原草之
>>〔1〕やゝ寒し閏遅れの今日の月 松藤夏山
【執筆者プロフィール】
阪西敦子(さかにし・あつこ)
1977年、逗子生まれ。84年、祖母の勧めで七歳より作句、『ホトトギス』児童・生徒の部投句、2008年より同人。1995年より俳誌『円虹』所属。日本伝統俳句協会会員。2010年第21回同新人賞受賞。アンソロジー『天の川銀河発電所』『俳コレ』入集、共著に『ホトトギスの俳人101』など。松山市俳句甲子園審査員、江東区小中学校俳句大会、『100年俳句計画』内「100年投句計画」など選者。句集『金魚』を製作中。
【セクト・ポクリット管理人より読者のみなさまへ】