ぐじやぐじやのおじやなんどを朝餉とし何で残生が美しからう
齋藤史
朝というのが寂しい。また一日が始まるのに、いや始まるからこそ、残生の、その現実のあり様が重たく思われる。
いつかの角川『俳句』一月号で、たしか晩年の津田清子がはやく向こうに行きたいというようなことを書いていた。俳人は大体「老い」を謳歌しているもんだと数少ない読みの体験から思っていた学生の私は、なんとも微妙な気持ちになった。「老い」は”全盛期”の衰えという副次的なもので、また欲や苦痛とは縁遠い仙境的な時間と思っていたのだ。
ミヒャエル・ハネケに「愛、アムール」という老老介護を題材にした映画がある。ハネケは観客の嫌なものを観せてくるが、この映画は全体静謐として粛々と進んでいくし、美しい映画だ。だが、無論、観終わったあとにハネケの映画だという納得の観はある。気持ちに”痕”が残る感じがする。おすすめである。
(安里琉太)
【この短歌が読める歌集はこちら↓】
【執筆者プロフィール】
安里琉太(あさと・りゅうた)
1994年沖縄県生まれ。「銀化」「群青」「滸」同人。句集に『式日』(左右社・2020年)。 同書により、第44回俳人協会新人賞。
2020年10月からスタートした「ハイクノミカタ」。【シーズン1】は、月曜=日下野由季→篠崎央子(2021年7月〜)、火曜=鈴木牛後、水曜=月野ぽぽな、木曜=橋本直、金曜=阪西敦子、土曜=太田うさぎ、日曜=小津夜景さんという布陣で毎日、お届けしてきた記録がこちらです↓
【安里琉太のバックナンバー】
>>〔37〕無方無時無距離砂漠の夜が明けて 津田清子
>>〔36〕麦よ死は黄一色と思いこむ 宇多喜代子
>>〔35〕馬の背中は喪失的にうつくしい作文だった。 石松佳
>>〔34〕黒き魚ひそみをりとふこの井戸のつめたき水を夏は汲むかも 高野公彦
>>〔33〕露地裏を夜汽車と思ふ金魚かな 攝津幸彦
>>〔32〕プラタナス夜もみどりなる夏は来ぬ 石田波郷
>>〔31〕いけにえにフリルがあって恥ずかしい 暮田真名
>>〔30〕切腹をしたことがない腹を撫で 土橋螢
>>〔29〕蟲鳥のくるしき春を不爲 高橋睦郎
>>〔28〕春山もこめて温泉の国造り 高濱虚子
>>〔27〕毛皮はぐ日中桜満開に 佐藤鬼房
>>〔26〕あえかなる薔薇撰りをれば春の雷 石田波郷
>>〔25〕鉛筆一本田川に流れ春休み 森澄雄
>>〔24〕ハナニアラシノタトヘモアルゾ 「サヨナラ」ダケガ人生ダ 井伏鱒
>>〔23〕厨房に貝があるくよ雛祭 秋元不死男
>>〔22〕橘や蒼きうるふの二月尽 三橋敏雄
>>〔21〕詩に瘦せて二月渚をゆくはわたし 三橋鷹女
>>〔20〕やがてわが真中を通る雪解川 正木ゆう子
>>〔19〕春を待つこころに鳥がゐて動く 八田木枯
>>〔18〕あっ、ビデオになってた、って君の声の短い動画だ、海の 千種創一
>>〔17〕しんしんと寒さがたのし歩みゆく 星野立子
>>〔16〕かなしきかな性病院の煙出 鈴木六林男
>>〔15〕こういうひとも長渕剛を聴くのかと勉強になるすごい音漏れ 斉藤斎藤
>>〔14〕初夢にドームがありぬあとは忘れ 加倉井秋を
>>〔13〕氷上の暮色ひしめく風の中 廣瀬直人
>>〔12〕旗のごとなびく冬日をふと見たり 高浜虚子
>>〔11〕休みの日晝まで霜を見てゐたり 永田耕衣
>>〔10〕目薬の看板の目はどちらの目 古今亭志ん生
>>〔9〕こぼれたるミルクをしんとぬぐふとき天上天下花野なるべし 水原紫苑
>>〔8〕短日のかかるところにふとをりて 清崎敏郎
>>〔7〕GAFA世界わがバ美肉のウマ逃げよ 関悦史
>>〔6〕生きるの大好き冬のはじめが春に似て 池田澄子
>>〔5〕青年鹿を愛せり嵐の斜面にて 金子兜太
>>〔4〕ここまでは来たよとモアイ置いていく 大川博幸
>>〔3〕昼ごろより時の感じ既に無くなりて樹立のなかに歩みをとどむ 佐藤佐太郎
>>〔2〕魚卵たべ九月些か悔いありぬ 八田木枯
>>〔1〕松風や俎に置く落霜紅 森澄雄
【セクト・ポクリット管理人より読者のみなさまへ】