朝顔や濁り初めたる市の空 (小倉旦過市場)
紫陽花に秋冷いたる信濃かな(父の故郷松本城山公園に句碑)
防人の妻恋ふ歌や磯菜摘む
栴檀の花散る那覇に入学す
足袋つぐやノラともならず教師妻
東風吹くや耳現はるゝうなゐ髪
燕来る軒の深さに棲みなれし
鶴舞ふや日は金色の雲を得て
ぬかづけば我も善女や仏生会(ホトトギス初巻頭)
風に落つ楊貴妃桜房のまま(同)
無憂華の木陰はいづこ仏生会(同)
灌沐の浄法身を拝しける(同、杉田宇内邸跡に句碑)
丹の欄にさへづる鳥も惜春譜 (宇佐神宮・ホトトギス巻頭)
花衣ぬぐや纏る紐いろいろ
張りとほす女の意地や藍ゆたか
白妙の菊の枕をぬひ上げし (虚子に菊枕贈る)
虚子ぎらひかな女嫌ひのひとへ帯
虚子留守の鎌倉に来て春惜しむ
夜光虫古鏡の如く漂へる
夕顔やひらきかゝりて襞深く
虚子に忌避されて不遇な晩年を送り、不当な風聞に近年まで付き纏わされたが、天才的な資質の格調高い作品そのものから屈指の女性俳人と客観的に評価され、泉下の久女もほっとしていることだろう。
(「青垣」15号加筆再編成)
【執筆者プロフィール】
広渡敬雄(ひろわたり・たかお)
1951年福岡県生まれ。俳人協会幹事。句集『遠賀川』『ライカ』(ふらんす堂)『間取図』(角川書店)。『脚注名句シリーズⅡ・5能村登四郎集』(共著)。2012年、年第58回角川俳句賞受賞。2017年、千葉県俳句大賞準賞。「沖」蒼芒集同人。俳人協会幹事。「塔の会」幹事。著書に『俳句で巡る日本の樹木50選』(本阿弥書店)。
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