向日葵の闇近く居る水死人
冬野虹
向日葵は夏の代表的な花であり、特徴を捉えやすいので、子供が好んで絵日記に書き込む花という幻想がある。実際そうかもしれないのだが、その場面、書かれた絵を見たことがない。
向日葵といえば、ウルトラマンとして戦った思い出がある。所持している古い写真に、小学校低学年の頃、なにかの付録ででもあったのか、紙製のウルトラマンの面をつけて、向日葵と戦っていると見られる一枚がある。写真に残っているから、その記憶を生々しく思い出せる訳で、その時僕はウルトラマンになりきって向日葵を怪獣に見立て、戦っていたのだ。向日葵は三、四本立っていて、2メートルほどの高さであった。茎は太く、頑丈でこちらの手が痛かった記憶がある。向日葵は舌状花と筒状花とから成る花が大きいので、それを頭部と見立て人類に近いものと仮想することが出来るし、太陽を追って花の向きが変わって行くので、生き物と仮想することも出来る不思議な花だ。
季語は向日葵。「編棒を火の色に替えてから 冬野虹詩文集(2024)」に収録。向日葵は明るいイメージの花なので、「向日葵の闇」と書かれると、ドキリとするものがある。なんだ?どういうことだ?と読み下して行くと、その闇の近くに「水死人」が居るというのである。景としては、林の外れのちょっと小高いところに、向日葵が数十本植えられていて下闇を形成している。小高くなったところの下の方には小川が流れていて、そこに水死人が流れてくる、という景である。日が翳って、向日葵の下闇が水辺に及ぶところに水死人が仰向けにゆっくりと流れ着く。
この水死人についてのイメージは、死後3日ほどで角質が濁って、死後2週間ほどで手足の皮膚が剥がれ落ちはじめ、腐敗ガスにより全身が膨らむというような法医学的な方向ではなく、シェイクスピアの戯曲「ハムレット」に登場するオフィーリアである。なぜそう思うかといえば、この句の二つあとに、オフィーリアについての句と思われる作品が載っているからである。オフィーリアについては、様々な絵画のモチーフとなり、作品も数多く存在する。そのなかで僕が思い浮かべたのは、20世紀になってサルバドール・ダリによって再評価されたジョン・エヴァレット・ミレーによる「オフィーリア」という絵だ。狂気に陥ったオフィーリアが川へ落ち、流れて行きながら歌を口遊んでいる溺死寸前の姿が描かれている。この時の状況については、ハムレット劇中の第四幕第七場の王妃ガートルードの台詞によってのみ表されている。少々長くなるが引用してみよう。
「小川のふちに柳の木が、白い葉裏を流れにうつして、斜めにひっそり立っている。オフィーリアはその細枝に、きんぽうげ、いらくさ、ひな菊などを巻きつけ、それに、口さがない羊飼いたちがいやらしい名で呼んでいる紫蘭を、無垢な娘たちのあいだでは死人の指と呼びならわしているあの紫蘭をそえて。そうして、オフィーリアはきれいな花環をつくり、その花の冠を、しだれた枝にかけようとして、よじのぼった折も折、意地わるく枝はぽきりと折れ、花環もろとも流れのうえに、すそがひろがり、まるで人魚のように川面をただよいながら、祈りの歌を口ずさんでいたという。ああ、それもつかの間、ふくらんだすそはたちまち水を吸い、美しい歌声をもぎとるように、あの憐れないけにえを、川底の泥のなかにひきずりこんでしまって。それきり、あとには何も(福田恆存訳)」
オフィーリアは花環とともに川へ落ち、ミレーの絵には花環の花が、水中へ美しく溢れ、水辺にも白い小花が咲いていて、花とともに流れて行くといったイメージがある。しかしこの句では、そういった小さな花々ではなく、威風堂々とした向日葵を対置させたところにオリジナリティが出た。水死人は普通、浮くのであるが、この句では「居る」と書かれていて、「水死人」と突き放した書きように対して、その「水死人」に対してなんらかの感情を抱いていることを窺わせる。「向日葵」「影」「水死人」という言葉の配置のバランスがよく、「影近く居る」と書かれたことによって、その水死人の水面での動きも見えてくる。向日葵の黄色い花と、その下闇、そこに流れ着く水死人。そこに醸し出されるイメージを感得出来れば、充分ではないだろうか。さすがはイメージの人の句である。
「冬野虹詩文集」とあるように、俳句だけではなく、短歌、童話、詩、エッセイなど縦横無尽に網羅されている。特に「葉の上の」という童話は感涙ものである。正直言って泣いてしまった。
また冬野虹は画家でもあり、「ロバの耳」という画集に素描と油彩が収載されているが、ペンや鉛筆やで描かれた素描は、一見子どもの絵のようであるが、子どもには描けず、かといって大人にも描けない、無垢な心の表出である。線に迷いがなく、途中で立ち止まることなく、のびのびと構成されている。どの作品も驚くべき繊細さで描かれている。改めて絵は線の面白さだと思った。天才冬野虹の早逝を悼む。
(中嶋憲武)
【執筆者プロフィール】
中嶋憲武(なかじま・のりたけ)
昭和35年(1960)東京生まれ。
平成6年(1994)「炎環」入会。作句をはじめる。 平成11年(1999)「炎環」新人賞。
平成12年(2000)「炎環」同人。
平成21年(2009)炎環賞。炎環エッセイ賞。
平成29年(2017)銅版画でANY展(原宿)参加。電子書籍「日曜のサンデー」。
平成30年(2018)攝津幸彦記念賞優秀賞。
平成31年(2019)第0句集「祝日たちのために(港の人)」。 「炎環」「豆の木」「豈」所属。
山岸由佳さんとの共同サイト「とれもろ」toremoro.ne.jp
「週刊俳句」で西原天気さんと「音楽千夜一夜」連載中。祝日たちのために
中嶋憲武 著
(港の人、2019年)
価格 1650円(税込)
ISBN 978-48962936232018年、第4回攝津幸彦記念賞・優秀賞を受賞した気鋭の俳人の、句(120句)+銅版画(13点)+散文(17篇)を収めたユニークな第一句集。句は2018年にツイッターで呟いたツイッター句であり、時代の風景にスリリングに迫っている。
■収録作品より
蟻塚を越え来て淋しい息つく
夏炉あかるく人語に星を数へ得ず
海の鳥居の晩春の石は鳥になる
手が空いてゐる月白の舟を出す
葛湯吹いて馬の体躯の夜がある
2020年10月からスタートした「ハイクノミカタ」。【シーズン1】は、月曜=日下野由季→篠崎央子(2021年7月〜)、火曜=鈴木牛後、水曜=月野ぽぽな、木曜=橋本直、金曜=阪西敦子、土曜=太田うさぎ、日曜=小津夜景さんという布陣で毎日、お届けしてきた記録がこちらです↓
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