若葉してうるさいッ玄米パン屋さん
三橋鷹女
昨年リリース以来話題の「うっせぇわ」をつい最近聴いた。アニメソングっぽいボーカルに乗った「うっせぇ、うっせぇ、うっせぇわ!」のリフレインはなるほど頭にこびりつく。
この曲のヒットに絡めてか、つい先日ラジオで昭和の漫才コンビ、セント・ルイスの「ウッセー・ウッセー」がかかっていた。こちらは「ウッセェ、ウッセェ~」の女性コーラスがちょっとお色気を感じさせるコミックソング。内容も曲調もまったく違う二曲を一緒にするつもりは元よりないが、時代も世代も関係なく、「うっせぇ」と声を上げたいときが誰にだってあると、まあそういうことです。
心の苛立ちをそのまま俳句にしたといえば、竹下しづの女の「短夜や乳ぜり泣く児を須可捨焉乎」が高名だけれど、インパクトという点では鷹女の「うるさいッ」に軍配を上げたい。「夏痩せて嫌ひなものは嫌ひなり」の俳人らしい啖呵に一瞬、自分が叱られている気すらして目が覚める。
いつの時代か定かではないが、ウィキペディアによると菓子パン売りはベルを鳴らしながら呼び込みをしていたそうだ。目に沁みる若葉を楽しんでいるとき、或いは若葉の俳句を作ろうと煩悶しているとき(なにしろ「一句を書くことは、一片の鱗の剝脱である」の気概の人であるから)、暢気な売り声や鐘の音がさぞかし邪魔だったのだろう。その憤懣は分かる。しかし、よく俳句にし、句集に残したものだなぁ、と小心者はひたすら驚嘆するのみだ。
この句に私が惹かれるのはそれだけが理由ではない。こめかみに青筋を立てんばかりに怒るなら「玄米パン屋!」と呼び捨てにしてもおかしくないのに「さん」付けにしているところが可愛くないですか。毅然としたイメージの鷹女だけに、口吻と敬称の不釣り合いにズッコケて、ちょっと親近感を抱く。そんな気持ちで軽々しく近づいたら目力だけで千里の彼方まで投げ飛ばされそうだけれど。
私が持っている朝日文庫の中ではこの句の次は「青葉影あをきピアノを打ち鳴らし」(恐らく原本もそうだと思うが)。「おいおい、パン屋にはうるさいと言っておきながら自分はいいんかい!」とつい突っ込みたくなる。鷹女楽しや恐ろしや。
(『現代俳句の世界 11 橋本多佳子 三橋鷹女集』朝日文庫 1984年より)
(太田うさぎ)
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【執筆者プロフィール】
太田うさぎ(おおた・うさぎ)
1963年東京生まれ。現在「なんぢや」「豆の木」同人、「街」会員。共著『俳コレ』。2020年、句集『また明日』。
【セクト・ポクリット管理人より読者のみなさまへ】