連載・よみもの

【#41】真夏の個人的な過ごし方


【連載】
趣味と写真と、ときどき俳句と【#41】

真夏の個人的な過ごし方
青木亮人(愛媛大学教授)

午後のギラギラと照りつける陽ざしの中、歩いていると汗が滲み出て、ハンカチや手で拭っても汗が流れ落ちる。道路から陽炎のように熱気がゆらめき、蝉時雨はいつまでも鳴りやまない……こういう真夏になると、なぜかアメリカのロックやポップスが聴きたくなる。

アメリカ系の曲は総じてイギリス系よりもパワフルでストレートな分、余計なことを考えなくて済むからかもしれない(あくまで一般的な話)。

炎暑で感覚が鈍り、物を考えるのも億劫になるひとときにアメリカの曲を流すと、熱気で身体が溶けてしまうような気怠さを払い落としてくれるように感じられるのだ。

もちろん、アメリカのロックやポップスといっても幅広く、個人的にはジョー・サトリアーニヴァン・レイヘンアップルズ・イン・ステレオといったミュージシャンの曲を聴くことが多い。

なかでもお気に入りはアップルズ・イン・ステレオで、ガレージ・ロック的なチープさがお気に入りだ。1990年代からインディーズで活躍し、日本には「渋谷系」的な流れで紹介され、タワーレコードやHMVにCDが置かれるようになった。

こういう曲を流すと、むら立つ入道雲や炎天の白々とした眩しい陽ざしも悪くない、となぜか感じられるのが不思議だ。

もちろん、家にいる時はクーラーをかけることも多いが、涼しい部屋から廊下に出るとうだるように蒸し暑かったり、外に出てしばらく歩くと蒸し器に放り込まれたような暑さでげんなりしてしまう。

そういう日にクーラーの効いた部屋に戻った後、アップルズ・イン・ステレオを大きめのボリュームで聴くと、真夏の元気な気怠さ(?)を吹き飛ばしてくれるような気がするのだ。

そんな風にアメリカのロックやポップスを流す時、余裕があれば海や川を描いた絵を観て涼を感じるのも真夏らしい過ごし方といえる(個人的な話)。

南仏の海を描いたデュフィの水彩画は海の潮風を運んでくれるし、早朝のせせらぎを描く英一蝶の絵だったり、丘の家から見える海を描いた山本丘人の絵からも涼やかな風や空気の気配が感じられる。

無論、実際に海や川に赴いて真夏を味わうのもいいのだが、海や川に行くまでが暑い(当たり前だ)。

そういう猛暑日には部屋でアップルズ・イン・ステレオを流しつつ、涼しげな絵を眺める。そして冷蔵庫から冷えた寒天のゼリーを取り出し、スプーンで口に運ぶと何ともいえない至福の瞬間が訪れる。

下の絵は歌川国芳の「東都名所 佃嶋」で、川面を吹き抜ける涼風が日中の熱気を払い落とすように感じられるため、真夏に見たくなる絵の一つだ。

歌川国芳「東都名所 佃嶋」


【執筆者プロフィール】
青木亮人(あおき・まこと)
昭和49年、北海道生まれ。近現代俳句研究、愛媛大学教授。著書に『近代俳句の諸相』『さくっと近代俳句入門』『教養としての俳句』など。


【もう読みましたか? 青木亮人さんの『教養としての俳句』】

俳句は、日本のリベラルアーツだ。

日本の伝統文芸として、数百年ものあいだ連綿と受け継がれてきた俳句。その愛好者は1000万人ともいわれている。にもかかわらず、私たちはその知識をどこでも学んでこなかった。そこで本書では、数々の賞を受けてきた気鋭の評論家が、日本人として最低限おさえておきたい俳句のいろはを解説。そもそも俳句ってどうやって生まれたの? 季語ってなぜ必要なの? どうやって俳句の意味を読みとけばいいの? 知識として俳句を知るための超・入門書。


【「趣味と写真と、ときどき俳句と」バックナンバー】
>>[#40] 山口誓子「汽罐車」連作の学術研究とモンタージュ映画」の続き
>>[#39] 炎暑の猫たち
>>[#38] 山口誓子「汽罐車」連作の学術研究とモンタージュ映画
>>[#37] 『愛媛 文学の面影』三部作受賞と愛媛新聞の高橋正剛さん
>>[#36] ベトナムの5 dong ke(ナム・ヨン・ケー)と出会った時の話
>>[#35] 俳誌に連載させてもらうようになったことについて
>>[#34] レッド・ツェッペリンとエミール・ゾラの小説
>>[#33] 台北市の迪化街
>>[#32] 『教養としての俳句』の本作り
>>[#31] ヴィヴィアン・ウエストウッドとアーガイル柄の服
>>[#30] 公園の猫たちと竹内栖鳳の「班猫」
>>[#29] スマッシング・パンプキンズと1990年代
>>[#28] 愛媛県の岩松と小野商店
>>[#27] 約48万字の本作りと体力
>>[#26-4] 愛媛県南予地方と宇和島の牛鬼(4)
>>[#26-3] 愛媛県南予地方と宇和島の牛鬼(3)
>>[#26-2] 愛媛県南予地方と宇和島の牛鬼(2)
>>[#26-1] 愛媛県南予地方と宇和島の牛鬼(1)

>>[#25] 写真の音、匂い
>>[#24] 愛媛の興居島
>>[#23] 懐かしいノラ猫たち
>>[#22] 鍛冶屋とセイウチ
>>[#21] 中国大連の猫
>>[#20] ミュンヘンの冬と初夏
>>[#19] 子猫たちのいる場所
>>[#18] チャップリン映画の愉しみ方
>>[#17] 黒色の響き
>>[#16] 秋の夜長の漢詩、古琴
>>[#15] 秋に聴きたくなる曲
>>[#14] 「流れ」について
>>[#13-4] 松山藩主松平定行公と東野、高浜虚子や今井つる女が訪れた茶屋について(4)
>>[#13-3] 松山藩主松平定行公と東野、高浜虚子や今井つる女が訪れた茶屋について(3)
>>[#13-2] 松山藩主松平定行公と東野、高浜虚子や今井つる女が訪れた茶屋について(2)
>>[#13-1] 松山藩主松平定行公と東野、高浜虚子や今井つる女が訪れた茶屋について(1)

>>[#12] 愛媛のご当地菓子
>>[#11] 異国情緒
>>[#10] 食事の場面
>>[#9] アメリカの大学とBeach Boys
>>[#8] 書きものとガムラン
>>[#7] 「何となく」の読書、シャッター
>>[#6] 落語と猫と
>>[#5] 勉強の仕方
>>[#4] 原付の上のサバトラ猫
>>[#3] Sex Pistolsを初めて聴いた時のこと
>>[#2] 猫を撮り始めたことについて
>>[#1] 「木綿のハンカチーフ」を大学授業で扱った時のこと


【セクト・ポクリット管理人より読者のみなさまへ】

  • このエントリーをはてなブックマークに追加
  • follow us in feedly

関連記事

  1. 「パリ子育て俳句さんぽ」【10月30日配信分】
  2. 【書評】片山由美子『鷹羽狩行の百句』(ふらんす堂、2018年)
  3. 神保町に銀漢亭があったころ【第79回】佐怒賀直美
  4. 【連載】もしあの俳人が歌人だったら Session#18
  5. 【結社推薦句】コンゲツノハイク【2023年2月分】
  6. 【連載】もしあの俳人が歌人だったら Session#7
  7. 「パリ子育て俳句さんぽ」【4月16日配信分】
  8. 俳人・広渡敬雄とゆく全国・俳枕の旅【第49回】 小田原と藤田湘子…

おすすめ記事

  1. 春雪の一日が長し夜に逢ふ 山田弘子【季語=春雪(春)】
  2. 「野崎海芋のたべる歳時記」タルト・オ・ポンム
  3. ゆる俳句ラジオ「鴨と尺蠖」【第2回】
  4. 【新年の季語】左義長
  5. 日記買ふよく働いて肥満して 西川火尖【季語=日記買ふ(冬)】
  6. 老人がフランス映画に消えてゆく 石部明
  7. 【#28】愛媛県の岩松と小野商店
  8. 彫り了へし墓抱き起す猫柳 久保田哲子【季語=猫柳(春)】
  9. 神保町に銀漢亭があったころ【第112回】伊達浩之
  10. 啄木鳥や落葉をいそぐ牧の木々 水原秋桜子【季語=啄木鳥(秋)】

Pickup記事

  1. 風光りすなはちもののみな光る 鷹羽狩行【季語=風光る(春)】
  2. けさ秋の一帆生みぬ中の海 原石鼎【季語=今朝秋(秋)】
  3. もの書けば余白の生まれ秋隣 藤井あかり【季語=秋隣(夏)】
  4. 【新年の季語】門松
  5. さくら仰ぎて雨男雨女 山上樹実雄【季語=桜(春)】
  6. コーヒー沸く香りの朝はハットハウスの青さで 古屋翠渓
  7. ゆる俳句ラジオ「鴨と尺蠖」【第13回】
  8. 【馬の俳句】
  9. 【クラファン目標達成記念!】神保町に銀漢亭があったころリターンズ【12】/飛鳥蘭(「銀漢」同人)
  10. 鉄橋を決意としたる雪解川 松山足羽【季語=雪解川(春)】
PAGE TOP