肉声をこしらへてゐる秋の隕石 飯島晴子【季語=秋(秋)】


肉声をこしらへてゐる秋の隕石)

飯島晴子

肉声をこしらえながら地に向かってゆく隕石にも思えるし、地に落ちてから肉声をこしらえている隕石にも思える。前者の場合はごく短い時間、後者の場合はごく長い時間だ。「こしらへてゐる」のじっくりとした雰囲気からは後者の方が妥当かもしれないが、一方で「隕石」という言葉にはやはり空から落ちるというイメージがどうしても含まれており前者も捨てがたい。それらがほぼ同時に思い浮かぶことによって、掲句は妙な時間感覚を読者にもたらす。

この句はどこを切ってみても面白い。一番晴子らしいのは「こしらへてゐる」だろう。「こしらへ」るといういかにも入念に準備するような温かみ、そして「ゐる」の能動的なニュアンスがいい。「隕石」の無機的なイメージに対する「肉声」の柔らかさもいい。

また、「秋の隕石」という措辞には案外重層性があると思う。隕石ははじめは熱いがやがては冷たくなる。「秋」というとその間の過程という感じがする。そして隕石の落ちてきた当初を春とすれば、「秋の隕石」とは、この地球が衰えてやがて冬になるその前段階とも思われる。そう考えるとこの句は俄然切なくなる。生き物がみな居なくなれば聞こえなくなる「肉声」を一生懸命いま作り出しているのである。

色々と思いを巡らせたあとで、眼前にある静かな隕石へと、読者は戻ってくる。

小山玄紀


【執筆者プロフィール】
小山玄紀(こやま・げんき)
平成九年大阪生。櫂未知子・佐藤郁良に師事、「群青」同人。第六回星野立子新人賞、第六回俳句四季新人賞。句集に『ぼうぶら』。俳人協会会員


小山玄紀さんの句集『ぼうぶら』(2022年)はこちら↓】


【小山玄紀のバックナンバー】
>>〔25〕けふあすは誰も死なない真葛原 飯島晴子
>>〔24〕婿は見えたり見えなかつたり桔梗畑 飯島晴子
>>〔23〕白萩を押してゆく身のぬくさかな 飯島晴子
>>〔22〕露草を持つて銀行に入つてゆく 飯島晴子
>>〔21〕怒濤聞くかたはら秋の蠅叩   飯島晴子
>>〔20〕葛の花こぼれやすくて親匿され 飯島晴子
>>〔19〕瀧見人子を先だてて来りけり  飯島晴子
>>〔18〕未草ひらく跫音淡々と     飯島晴子
>>〔17〕本州の最北端の氷旗      飯島晴子
>>〔16〕細長き泉に着きぬ父と子と   飯島晴子
>>〔15〕この人のうしろおびただしき螢 飯島晴子
>>〔14〕軽き咳して夏葱の刻を過ぐ   飯島晴子
>>〔13〕螢とび疑ひぶかき親の箸    飯島晴子
>>〔12〕黒揚羽に当てられてゐる軀かな 飯島晴子
>>〔11〕叩頭すあやめあざやかなる方へ 飯島晴子


>>〔10〕家毀し瀧曼荼羅を下げておく 飯島晴子
>>〔9〕卯月野にうすき枕を並べけり  飯島晴子
>>〔8〕筍にくらき畳の敷かれあり   飯島晴子
>>〔7〕口中のくらきおもひの更衣   飯島晴子
>>〔6〕日光に底力つく桐の花     飯島晴子
>>〔5〕気を強く春の円座に坐つてゐる 飯島晴子
>>〔4〕遅れて着く花粉まみれの人喰沼 飯島晴子
>>〔3〕人とゆく野にうぐひすの貌強き 飯島晴子
>>〔2〕やつと大きい茶籠といつしよに眠らされ 飯島晴子
>>〔1〕幼子の手の腥き春の空   飯島晴子


【セクト・ポクリット管理人より読者のみなさまへ】

関連記事