かくしごと二つ三つありおでん煮る 常原拓【季語=おでん(冬)】


かくしごと二つ三つありおでん煮る

常原拓

今年も群馬県立女子大学でのキャリアクラスの講義のため高崎に行った。徐々に高崎が「わが町」のようになってきている。これまでは高崎といえばガトーフェスタハラダのラスクと達磨が最重要事項だったが、今年からは高崎パスタを追加。高崎は全国有数の小麦の産地なので、パスタも市民の生活と深く結びついているのだそうだ。そんなことも高崎に何度も通わなければ疑問にも思わなかっただろう。

ということで今夏東北旅行からの帰路に偶然立ち寄った群馬の老舗イタリアン「シャンゴ」が今年からレギュラー入りした。大学の先生や担当窓口の方にその話をしたら「はらっぱ」というお店も勧められた。来年も声がかかって高崎に行くことになったら次は立ち寄ってみよう。

かくしごと二つ三つありおでん煮る

かくしごとの一つや二つはある。と言ってしまうと当り前すぎてつまらない。二つや三つというと少し多め、でもさほど多くないその塩梅が良いスパイスになる。それはリアルな箇条書きではなく、感覚的な量といえよう。

おでんは「食ふ」のではなく「煮る」。これが曲者だ。「おでん食ふ」だったらおでんを食べながら会話は弾むけれど言わないことがある、という「おでん」の王道的シチュエーションになる。一方「おでん煮る」となると一人でおでん鍋に具を入れながら考え事をしているということになるだろう。賞味期限切れの具でも入れてしまったのかもしれないが、読み方としてはおでんを作りながらかくし通すべき案件が次々と浮かんできた、という情景を想像して楽しみたい。

講義では失敗談とそうならないためにはどうすれば良いかをひたすら伝えた。最初の数年は良いことしか言わなかったが、最近では強めの失敗エピソードも入れている。もちろん、そうなってしまった原因とその回避方法をしっかり伝えている。

以前、かくしたいエピソードをこっそりスルーしたところ、学生さんからその点をしっかり質問された。それ以来、かくしたいことこそ堂々と話してその理由をきちんと伝えようという方向に転換した。大きな失敗ほど教訓のメッセージも強い。

その日は草津に一泊した。湯畑のライトアップが幻想的だった。翌日は草津白根山に登る予定だったが火山噴火のリスク回避のため立入禁止。道理で人がいないわけだ…。方向転換して地元の人に勧めてもらった「永井食堂」でもつ煮定食を堪能した。

さてこの文章のなかにもかくしごとは二つ三つある。言ったところで誰も幸せにならないエピソードはアコヤガイのように隠し持っておいて真珠になる日を待つのだ。

『王国の名』(2024年刊)所収。

吉田林檎


【執筆者プロフィール】
吉田林檎(よしだ・りんご)
昭和46年(1971)東京生まれ。平成20年(2008)に西村和子指導の「パラソル句会」に参加して俳句をはじめる。平成22年(2010)「知音」入会。平成25年(2013)「知音」同人、平成27年(2015)第3回星野立子賞新人賞受賞、平成28年(2016)第5回青炎賞(「知音」新人賞)を受賞。俳人協会会員。句集に『スカラ座』(ふらんす堂、2019年)


【吉田林檎さんの句集『スカラ座』(ふらんす堂、2019年)はこちら ↓】



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