【#47】夜の路地

【連載】
趣味と写真と、ときどき俳句と【#47】
夜の路地

よく散歩をしている。時間の空いた時に近隣の町を何とはなしに歩き、いつもの風景をそれとなく眺めながら散策していると色々な発見があり、なかなか楽しい。

散策する地域はほぼ変わらないが、いつも通る道にもかかわらず歩くと小さな発見があちこちにある。もちろん大仰なものではなく、例えば緩やかに曲がった道沿いにある家のベランダの手すりが赤錆びていたり、少し入った路地にひっそりと佇む木造家屋の郵便ポストが縦長だったりとごく他愛ないものだ。

あるいは車や人の行き交う道からふと路地に入り、やや薄暗く狭い路を通り抜けた後に広い道に出る時の面白さも興味深く、そのあたりは永井荷風が書き綴っている。

路地の光景が常に私をしてかくの如く興味を催さしむるは西洋銅版画に見るが如きあるいはわが浮世絵に味うが如き平民的画趣ともいうべき一種の芸術的感興に基くものである。路地を通り抜ける時試みに立止って向うを見れば、此方は差迫る両側の建物に日を遮られて湿っぽく薄暗くなっている間から、彼方遥に表通の一部分だけが路地の幅だけにくっきり限られて、いかにも明るそうに賑かそうに見えるであろう。”(荷風『日和下駄』)

歩くたびにこうした一つ一つの表情が――単なる細部というより、道沿いの雰囲気を構成する一部のようなもの――見えてくるのが面白く、同じ地域をじっくり散策するのは初めて訪れた町を歩くのと異なる楽しみがあることに気付き、意識的に歩くようになったのだ。

そんな風にほぼ同じ地域を散策していると、時間帯によって町や建物等の気配が異なることにも気付くようになった。それは人通りの多少ということもあるが、四季はもとより日射しの角度や色合い、気温や風向きが変化することで家や通り道の雰囲気や空気感が微妙に変貌していることに実感したのだ。

最も分かりやすいのは日中と夜の変化で、特に日が落ちると道路や建物、電柱その他あらゆるものの気配が一変し、全く別の相貌を帯びる。暗闇に溶けこんで佇む道沿いの家々は息づくように無言の存在感を放ち、黒々としたアスファルトは夜の気配を存分に吸って艶めかしいまでに暗闇に馴染んでいる。そうした道を歩くと、靴からくるぶしの辺りが闇に浸っているように感じられる。

夜は広い道よりも路地の方が変質する気がする。写真は散歩道の一つだ。電柱の街灯が孤独に灯るのみで、その他は夜闇に睦むように浸っていた。


【執筆者プロフィール】
青木亮人(あおき・まこと)
昭和49年、北海道生まれ。近現代俳句研究、愛媛大学教授。著書に『近代俳句の諸相』『さくっと近代俳句入門』『教養としての俳句』など。


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