冬ざれや父の時計を巻き戻し
井越芳子
今期(2023年冬)のドラマはタイムスリップものや幽霊ものなどSFの設定が多い。なぜか医療ものが集中する時期があったり刑事ものが多かったりと、同時期のドラマで設定がかぶるのはなぜだろう。何らかの読みがはたらき複数の企画が当たっているのか、どこかの飲み屋で交わされた会話が複数の場所で実現されているのか。それは句会で同じ清記用紙に似たような句が並ぶのと同じ程度のことなのかもしれない。2つ揃えばそれはもう多いのである。
筆者は「ドラえもん」と共に育った世代。タイムマシンは定番の設定だった。映画「時をかける少女」が公開されたのが1983年で、2年後には「バック・トゥ・ザ・フューチャ-」が大ヒット。タイムトラベルはもはやよくある設定である。タイムマシンがあったら過去に行きたいか、未来に行きたいかという質問は今でも珍しくない。少ないサンプルのなかでいうと過去に行きたい人の方が多数のように見受けられる。筆者も過去に一票。
高校生の頃、通学で「これを逃したら遅刻!」という電車があり、乗り換えの駅でよく全力疾走していた。合い言葉は「1本が命取り」。ある日、その電車を逃してしまったことがあり、駅から学校まで走ることにした。駅に降りた瞬間から走り続けたら、前の電車に乗っていた集団に追いつくことができた。その時「時間を取り戻すことができた」という不思議な感覚を覚えたものである。
冬ざれや父の時計を巻き戻し
父がずっとつけていた腕時計を巻き戻す。そうすれば亡き父が戻るかのように。しかし竜頭はタイムマシンの目盛りではないので時計の針は戻せても父のいた時間は戻らない。この世にはいるが認知症を患っているとも考えられる。目の前に広がる荒涼とした景色のようにその事実が突きつけられた。進んでしまった時計を合わせたところで父に喜んでもらえるわけでもない。時間が思い通りにならない無念が「冬ざれ」であり、時計を巻き戻すという行為に感情が託されている。
父の時計は掛け時計や置き時計と考えることも可能だが「父の」とある通り、所有者を明らかにする時点でそれはもう腕時計に限定すべきである。父の持ち物として腕時計は最初に思い浮かぶものだ。普段から手ぶらで出歩くような人こそ腕時計をしているように思われる。
時間の話をする時に相対性理論を引き合いに出せたら格好いいだろうなあと思うのだが筆者にはまだ難しかった。GPSが相対性理論のおかげで成立していることを辛うじて知ったのみである。今を大事に生きることで精一杯なのだ。
(吉田林檎)
【執筆者プロフィール】
吉田林檎(よしだ・りんご)
昭和46年(1971)東京生まれ。平成20年(2008)に西村和子指導の「パラソル句会」に参加して俳句をはじめる。平成22年(2010)「知音」入会。平成25年(2013)「知音」同人、平成27年(2015)第3回星野立子賞新人賞受賞、平成28年(2016)第5回青炎賞(「知音」新人賞)を受賞。俳人協会会員。句集に『スカラ座』(ふらんす堂、2019年)。
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