日が照つて厩出し前の草のいろ
鷲谷七菜子
この文章がアップされるころには、我が家でも放牧が始まっている予定。なので今日は「厩出し」の句を。放牧の準備はたくさんの仕事があっていろいろとたいへんなのだが、外にいる牛を見るのはやはり気持ちが良いものだ。
掲句は、厩出し(牧開き)の日の朝、もう日が昇って牛馬を待つばかりの牧場の光景。しんと静まり返った牧場に、期待だけが漂っている。まだ使われていない牧場には草がびっしりと生えそろっていて、わずかに風に靡いている。掲句はそれを、「厩出し前の草のいろ」と端的に表現した。
「日が照つて」とあるので、もしかしたら日の出のころからずっと見ていたのかもしれない。夜と同化した草がしだいに色を取りもどし、少しずつ本来の色を帯びてゆく。やがて日が昇り、一面に草の輝きが到来する。牛馬に食いちぎられ、踏みしだかれる前の、手つかずの緑が美しい。
牧草の生長は早く、半月もすれば食われ損ねて伸びすぎた牧草が花を咲かせ、やがて実を付ける。そうならないように管理するのが牧場主の腕の見せ所なのだが、なかなかそううまくはいかないもの。たいていは牧場のあちこちで牧草の花穂が揺れる光景を見せられることになる。牧草の花はとても地味なものなので、たくさん咲かせてしまうと、ただ「茫茫」という形容が似合うだけのものとなり果てる。そうなる前の初夏が牧場の華といえるだろう。
平井照敏編「新歳時記」より引いた。
(鈴木牛後)
【執筆者プロフィール】
鈴木牛後(すずき・ぎゅうご)
1961年北海道生まれ、北海道在住。「俳句集団【itak】」幹事。「藍生」「雪華」所属。第64回角川俳句賞受賞。句集『根雪と記す』(マルコボ.コム、2012年)、『暖色』(マルコボ.コム、2014年)、『にれかめる』(角川書店、2019年)。
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