あかくあかくカンナが微熱誘ひけり
高柳重信
(『高柳重信全句集』)
とある海辺の村にカンナ畑があった。盆の頃には、迎火よりも激しい炎を揺らし祖霊も子孫も引き寄せていた。カンナを切り花として売るための畑だと思っていたが、植木屋や造園業者に球根を卸しているのだという。海水浴客で賑わう村はリゾート地の雰囲気を出すため海岸沿いには沢山のカンナが植えられている。8月の真っ赤なカンナは、水着のヒレのように海風に吹かれ踊っていた。
カンナを見るといつもオペラ『カルメン』を思い出してしまう。ジプシーのカルメンは喧嘩騒ぎを起こし牢に送られることになったが護送の衛兵伍長ドン・ホセを誘惑し逃れる。カルメンの色香に迷ったドン・ホセは、軍隊に戻れずジプシーの密輸団に身を投じる。ところが恋多きカルメンは、闘牛士エスカミーリョと恋仲になってしまう。嫉妬に狂ったドン・ホセは、闘牛場の前でカルメンを刺し殺す。
婚約者までいたドン・ホセを魅了するカルメンは赤きドレスで高らかに歌う。スペインを舞台とした踊はとても情熱的で観客をも魅了する。カルメンに惹かれつつもドン・ホセに同情し、舞台は悲劇で幕を閉じる。真面目な男ドン・ホセは、悪い女に引っかかり密輸団の一味にまでなるのに捨てられてしまう。情の深い女ほど怖いものはない。
踊の名手といえば、オスカー・ワイルドの『サロメ』もまた悪女である。預言者ヨカナーンに愛を拒まれたサロメは、自身に執着する義父エドロの要求に応え7つのヴェールの踊りを踊る。その返礼として恋する男ヨカナーンの首を所望する。ヨカナーンの首が銀の皿にのせられて運ばれてくると、その唇に口づけし、恋を語るサロメ。それを見たエロドはサロメを殺させる。女の妖艶な色香と恋の情熱によって悲劇は起こるのである。
赤いドレスを着る女は、恋に奔放だと思われている。赤は血の色、太陽の色。情熱的だが、血を好むような毒性を持っている。赤いドレスの女は危険だ。だけれども、男は燃えるような赤い女の情熱に惹かれてしまう。めらめらと揺れる赤は、男を誘っているように見えるのだろう。まさに赤い罠である。
あかくあかくカンナが微熱誘ひけり 高柳重信
カンナ畑のある海辺の村は母方の実家である。サーファーで賑わう茨城県の大洗に近い。小学生の頃は、8月になると遊びに行き、美人の従姉妹達と海水浴を楽しんだ。派手な水着をまとう従姉妹達には、若い男達が寄ってくる。紺のスクール水着の私もイケメンの男達とビーチバレーを楽しんだ。夕暮れになると従姉妹達は、赤い花柄のドレスに着替え男達と海辺のバーに行く。水着からワンピースに着替えた私もバーに行きたかったのだが、母親に回収される。その後は、母方の実家で晩御飯の支度を手伝うこととなる。なんだか損をした気分。
大人になったら、派手な水着をきて情熱的な恋をしてみたいと思った。カンナを見るたびに日焼けした男との一夜の激しい恋を夢見た。残念ながら、赤いドレスはあまり似合わない女に成長してしまったのだが。
赤いものに惹かれるのは、男の性なのだろうか。赤い茸には毒があるように赤は危険信号でもある。だが、危険なものほど魅力的なものはない。微熱ならまだ軽傷だが、微熱が続けば重症となる。
危険だと知りつつも引き込まれてしまう赤。カンナ畑が真っ赤に染まるのは、立秋も過ぎた盆の頃。夏休みももうすぐ終わり。だが、海の家もプールもまだまだ営業中。カンナのひらひらとした赤いヴェールに微熱を奪われて、気が付けば血まみれにならないよう気を付けて。
(篠崎央子)
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【執筆者プロフィール】
篠崎央子(しのざき・ひさこ)
1975年茨城県生まれ。2002年「未来図」入会。2005年朝日俳句新人賞奨励賞受賞。2006年未来図新人賞受賞。2007年「未来図」同人。2018年未来図賞受賞。2021年星野立子新人賞受賞。俳人協会会員。『火の貌』(ふらんす堂、2020年)により第44回俳人協会新人賞。「磁石」同人。
2020年10月からスタートした「ハイクノミカタ」。【シーズン1】は、月曜=日下野由季→篠崎央子(2021年7月〜)、火曜=鈴木牛後、水曜=月野ぽぽな、木曜=橋本直、金曜=阪西敦子、土曜=太田うさぎ、日曜=小津夜景さんという布陣で毎日、お届けしてきた記録がこちらです↓
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