【連載】
趣味と写真と、ときどき俳句と【#50】(最終回)
新海誠や『ヴァイオレット・エヴァーガーデン』の光の描写について
新海誠作品の特徴の一つに、「光」の描写を挙げる人は多いだろう。彼の作品に描かれる光はかなり斜めの角度から射しこみ、西日めいた色合いを帯びる傾向にあり、またカメラのレンズフレア――レンズ内の光の再反射で生じるフレアやゴースト――を多用した光の描写も少なくない。彼のこうした光の描写は、『君の名は。』(2016)の大ヒットで全国的に知られるようになった。
上の『君の名は。』予告篇からもうかがえるように、新海作品は同一画面内に順光と逆光が同居していたり、光源が複数あったりすることも少なくない。ただ、これらは他のアニメ作品にも見受けられるため、彼独自の特徴としては光の射しこむ角度と西日のような色彩、そしてレンズフレアの多用等が挙げられるだろう。
こうした独特の光の描写が多用された『君の名は。』が記録的なヒットを飛ばしたため、その後の各社のアニメ作品に新海作品の顕著な影響が見られるようになった。例えば、京都アニメーション制作の『ヴァイオレット・エヴァーガーデン』(2018)にも新海作品の面影は濃く、下は2017年公開の原作小説のCM映像である。
冒頭0:00~や0:05~、0:11~、0:23~にはいわゆる「新海作品以後」といえるようなレンズフレアが多用されている。作中の光彩はキャラクターに寄り添うように、あたかも祝福するように輝きつつ、彼女の多難に満ちた前途を柔らかく包みこむかのようであり、そういう人物がかつて存在したという記憶の一ページに染め上げるかのようだ。
『ヴァイオレット・エヴァーガーデン』シリーズにはかような光の描写が随所に見られ、その点では新海作品の影響が顕著といえる。同時に、『ヴァイオレット~』と新海作品では光の描写の仕方が大きく異なっており、それは両作品の光の解釈そのものが異なっているためではないか。
例えば、下は『ヴァイオレット~』のPVで、1:09~、1:52~あたりはシリーズでもよく見かける光の描写の一例だ。
一方、新海作品はどうか。『言の葉の庭』(2013)の予告篇を見てみよう。
0:30~、1:03~は新海作品らしいレンズフレアとともに光が描かれている。こうした新海作品の画面作りは多くの論者が指摘するように、インスタに象徴されるSNS写真の加工と近似している。アニメでありながらレンズフレアをあえて描きこむという、従来では考えられなかった光の描写を多用する新海作品は、スマホとインスタが浸透した時代の世界像といえよう。
その点、新海作品や京都アニメーションの『ヴァイオレット~』はインスタ以降の世界像と共鳴するアニメ作品、という括り方ができるかもしれない。同時に、両者における「光」の解釈は大きく異なっており、それは京都アニメーション制作の諸作品と新海誠作品の本質にまで届く問題であるように感じられる。
加えて、京都アニメーションや新海誠それぞれの各作品においても光の描写や意味合いは異なっており、例えば同じ新海作品でも『天気の子』(2019)は『君の名は。』と光の解釈が異なるように見受けられる場面が点在している。そんな風にそれぞれの作品を観ていると色々な発見があるので、観ていて楽しい。下は『天気の子』の予告篇。
【執筆者プロフィール】
青木亮人(あおき・まこと)
昭和49年、北海道生まれ。近現代俳句研究、愛媛大学教授。著書に『近代俳句の諸相』『さくっと近代俳句入門』『教養としての俳句』など。
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