露地裏を夜汽車と思ふ金魚かな 攝津幸彦【季語=金魚(夏)】


露地裏を夜汽車と思ふ金魚かな

攝津幸彦


難解と言われているのをよく見かける句である。
私としては、どちらかといえば、句の意味をどう解釈すればいいのか云々よりも、どのような「文体」として受け止めるかという方に難しさのウエイトがある。

ある意味、大変正直に読んで、金魚を擬人化する読みもあるだろうが、それでは独断のきらいがあってあんまり面白く面白くない。

虚子の「遠山に日のあたりたる枯野かな」や草城の「みづうみの水のつめたき花野かな」、あるいは岸本尚毅の「手をつけて海のつめたき桜かな」など、文法上は連なっているのだけれど大なり小なり切れて下五に渡る句と考えると読みやすい。虚子と草城の句は一幅の絵のように景の上で処理されるが、岸本の句はもう少し切れが強く、景としても成り立ちはするのだが、取り合わせのバリエーションという側面も強い様に思う。攝津の句も岸本の句同様に、取り合わせのバリエーションと思えば、「露地裏を夜汽車と思へり金魚鉢」とそう遠くなく、そんなに苦労しないで読める。

無論、なぜ「露地裏」を「夜汽車」と思ったのかという難しさは残る。

作者の属した同人誌「豈」では仁平勝が、「露地裏と夜汽車がなぜ似ているのかわからない人は、つげ義春『ねじ式』の二十九コマ目を見てください」と書いていたり、三橋敏雄は小田急線沿線の路地裏に「夜汽車」というバーがあり、近くには鑑賞魚店があってまさにこの句そのままであったと書いていたりしたが、作者の没後出た追悼文に、攝津が「ろじ」というバーを愛していたことが記されている。長いカウンターだけの黒一色の内装のその店が、彼の夜汽車だったのだろう。

「露地裏」と「夜汽車」について、正木ゆう子は『現代秀句』(春秋社・2002)で、このように考察し、その後、しかし、こうした事情を抜きにしても、子供の頃のみなしご的な寂しさややるせなさを彷彿とさせると述べている。

また、仁平勝は『露地裏の散歩者ー俳人攝津幸彦』(邑書林・2014)にて、攝津の句を次のように述べている。

攝津にとって「を」「と」という助詞(てにをは)や「思ふ」という動詞は、ただ名詞の取合
せをつなぐための言葉であって、ことさらそれ以上の意味に執着する必要はない。極端にいえば、「露地裏・夜汽車・金魚」と並べただけではー五七五でもないしー俳句にならないから、「・・・・・・を・・・・・・と思ふ・・・・・・かな」とつないでみせただけだ。攝津の頭のなかでは、おそらく少年時代の思い出として、ともかく「露地裏」と「夜汽車」と「金魚」が三つ巴になって浮かんできた。それが一句のモチーフのすべてであって、そのモチーフを俳句的に演習するために「・・・・・・を・・・・・・と思ふ・・・・・・かな」という文体が選ばれているのだ。

加えて、仁平は「露地裏」や「夜汽車」、「金魚」は少年時代の思いであろうとも述べており、これらの仁平の言を踏まえた場合、取り合わせというよりも「露地裏」、「夜汽車」、「金魚」の三つの、連想のもとを同じくする名詞が、俳句の形骸化した型に流し込まれたと考えるのが適切な感じもある。「金魚」には「かな」の詠嘆の重みがのっているにも関わらず、また「金魚」は季語であるにも関わらずしかし、実物であるのかもしれないということ以上の特別抜きん出た重みがこの句の「金魚」からは感じられない。

安里琉太


【執筆者プロフィール】
安里琉太(あさと・りゅうた)
1994年沖縄県生まれ。「銀化」「群青」「」同人。句集に『式日』(左右社・2020年)。 同書により、第44回俳人協会新人賞


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