くらき瀧茅の輪の奥に落ちにけり
田中裕明
夏越の祓は、陰暦六月三十日に行うものだが、陽暦で行なっている神社も散見される。
形代や茅の輪を潜る際に唱える「宮川の清き流れにみそぎせば祈れることの叶わぬはなし」(詠み人知らず)、あるいは大祓の起源とされる神話などから禊と水の深い関わりは承知していたが、動画の説明を見て、なるほど茅の輪は池に入って瀧に打たれる禊の様子を表現していたのかと驚かされた。
「くらき瀧」が実景なのだとしたら、どこの神社なのだろう。あるいは、茅の輪が瀧を模していると考えれば、「くらき瀧」は潜りながら思い浮かべた想念の「瀧」と読めないこともない。
しかし、私としてはこのどちらなのかを検討するというのは、読む上でそれほど重要な観点と思えない。いずれにしても「くらき瀧」という措辞は過分に主観的な把握であるのだし、「くらき瀧」と句にある通りの「瀧」で読めば良いように思う。はっきりと見えているのではない「くらき瀧」を「落ちにけり」と認識して写生しているのだから、そのくらいの手触りで読めばいいのである。
祓とは本来確かに仄暗い行為であるから、「くらき瀧」の認識の仄暗さにはとても納得がいく。「茅の輪」の円と「瀧」の縦の構図の中で、「けり」を伴って中心的に写生されているのは「瀧」であるのだが、その「くらき瀧」は無論「茅の輪」と関わって認識されているのであり、「くらき瀧」と「茅の輪」とはどちらかが句の中心というのではなく、不可分な一つの景であるように思う。
夏越の祓の同日に残り半年の無病息災を祈念して食される和菓子に「水無月」というのがある。小豆は古くは邪気をはらい、三角の形は氷を表しているらしい。
私が「水無月」を初めて食べたのは、茶道部の部長をやっていた高校三年生の頃だった。梅雨時期のじめじめとした和室の茶会で、先生は「三角形は魔除けや厄除けの意味で使われる」と仰られた。その後、大学の琉歌の授業で「地天どよみかち孵る一日や事々くとぅぐとぅく生物に取らすたまし」の「孵る」(すでる)という動詞とその思想についての諸々を聞いたような覚えがあるのだが、その時、歌舞伎や能の「鱗模様」の衣装、幽霊の三角巾(「天冠」というらしい)が蛇の鱗に由来していることを聞いたような気がする。その記憶は怪しいが、しかしどうやら研究もあるようで、今となっては「孵る」の講義をもう少し真面目に聴いて覚えておくべきだったと後悔している。
魔除けや厄除けとしての三角形、歌舞伎や能における女性の亡霊や怨霊が羽織る三角の模様。
とかなんとか、そんなことを考えながら、昨日は東京ゲゲゲイのラストツアー「 KIRAKIRA 1PAGE 」を観ていた。あんなにかっこいいのはアラバキのステージで神がかっていた志磨遼平以来だった。
(安里琉太)
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【執筆者プロフィール】
安里琉太(あさと・りゅうた)
1994年沖縄県生まれ。「銀化」「群青」「滸」同人。句集に『式日』(左右社・2020年)。 同書により、第44回俳人協会新人賞。
2020年10月からスタートした「ハイクノミカタ」。【シーズン1】は、月曜=日下野由季→篠崎央子(2021年7月〜)、火曜=鈴木牛後、水曜=月野ぽぽな、木曜=橋本直、金曜=阪西敦子、土曜=太田うさぎ、日曜=小津夜景さんという布陣で毎日、お届けしてきた記録がこちらです↓
【安里琉太のバックナンバー】
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【セクト・ポクリット管理人より読者のみなさまへ】