ある年の子規忌の雨に虚子が立つ 岸本尚毅【季語=子規忌(秋)】


ある年の子規忌の雨に虚子が立つ

岸本尚毅


虚子の心中を慮る句である。当たり前のことだが、私たちは虚子のようには子規のことを知り得ない。俳句史上の云々という以上の、親しい間柄としての虚子から子規に対する思いである。「雨」というのは心象風景的に読まれるところであるが、「ある年の」も「忌」と関わって虚子の心中のあり様を深めている措辞である。

いわずもがな虚子には、「子規逝くや十七日の月明に」がある。神々しいほど明るい句と思っていたが、実際にそのような夜だったらしい(https://sectpoclit.com/sakanishi-52/)。この句、やはり「子規逝くや」と切り出したのはさすがと思う。「や」の詠嘆による心情の極まりは勿論、「子規」という個人の名を詠み込んだことが、その人に死が訪れたという、まぎれもない厳格な事実を思わせる。

思えば、子規にも個人の名を詠み込んだ句がある。「漱石が来て虚子が来て大三十日」や「小夜時雨上野を虚子の来つゝあらん」である。いずれもその人との親しさが思われる句である。虚子にはこの月明の句以外にも「風生と死の話して涼しさよ」があり、字の上で「生」と「死」、「風」と「涼」とが関係を持っている。岸本尚毅自身も、かつて爽波に「尚毅居る裕明も居る大文字」と詠まれているが、この句は形の上でも前述した子規の「漱石が来て虚子が来て大三十日」を引き受けていると言えよう。

安里琉太



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【執筆者プロフィール】
安里琉太(あさと・りゅうた)
1994年沖縄県生まれ。「銀化」「群青」「」同人。句集に『式日』(左右社・2020年)。 同書により、第44回俳人協会新人賞


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