棕梠の葉に高き雨垂れ青峰忌
秋元不死男
(「氷海」昭和31年6月号)
去る5月30日は嶋田青峰の忌日だった。秋元不死男は青峰の直弟子であり、この句は十三回忌の法要が営まれた谷中の本寿寺で読み上げられたもの。青峰が不死男をはじめとする弟子達に、主宰した「土上」で俳句に関わる議論に自由に誌面を開放したことで、たとえば秋元不死男(当時は東京三)はペンネームでプロレタリア俳句について論陣を張り、若い論客が集まり、「土上」は新興俳句の牙城の一つとなって、結果的に当局の弾圧を招き、当局に拘束された青峰は、劣悪な拘置環境で持病を悪化させ寿命を縮めた。
昭和55年5月号の三橋敏雄、川名大との鼎談で平畑静塔は、「馬酔木」や「旗艦」などは主宰者の「舵のとり方が堅実であつたということで」弾圧を免れたが、「土上」については、「これはね、嶋田青峰先生の主宰的統率力が弱い。あの人自体がリベラリストですから。」といい、三橋敏雄も「ええ、そうですね。」と同意している。静塔はさらに「だから、秋元不死男、古家榧夫でも勝手放題なんだ。(中略)そのかわり、その先生も犠牲になりましたけどね。」とまで言う。静塔の念頭にいわゆる「オールドリベラリスト」に対する揶揄の感情があったかなかったかでだいぶ文脈が違うのだが、記事からではそこはわからない。が、彼の新興俳句弾圧事件に関する発言は本人も弾圧の当事者なのだがどことなく他人事のような感がある気がするのは私だけだろうか。そもそも、この発言における「堅実」とは、いったいどういうことなのであろう。
それはさておき、たしかに嶋田青峰は俳人というより、大正自由主義の粋のような文化人リベラリストであったと考える方がわかりやすい。そもそも彼は結社の主宰でありながら、俳句プロパーとは言いがたいのであり、たぶん静塔の言う意味での主宰的統率力など発揮すべくもないのだ。秋元不死男も、なぜ弟子になったかといえば、青峰が新潮社のトルストイ叢書『セヴァストポリ』の翻訳をした人と知って興味を持ったからであって、句に感激したからではない。掲句引用元の記事で不死男は、青峰の名で新潮社から昭和11年に出版された『俳句の作り方』の原稿を書いたのは自分(こういうことは昔は割とある)で、それを青峰が手直しして世に出したものであることと、その時の青峰に支払われた稿料三百円(現在の貨幣価値でざっと100万円弱か)を全額自分が青峰から貰ったことを書いているのだが、自分もさして裕福ではなかったはずの青峰の人柄がこういうところにでてくる。リベラルで、お人好しであったために弾圧されるというのならば、それは世の中の方がおかしい。
掲句は、「寺の庭に棕梠があつて、他の木々を抽いて高々と立つていた。折からの雨で、棕梠の葉末にたまる雨滴が美しく仰がれた。」と自解がある。追悼句が皆を抱え込む大樹ではなく棕梠であるというのが、どうもこの師弟に妙に合っているようで、可笑しくもさびしい。
(橋本直)
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【執筆者プロフィール】
橋本直(はしもと・すなお)
1967年愛媛県生。「豈」同人。現代俳句協会会員。現在、「楓」(邑久光明園)俳句欄選者。神奈川大学高校生俳句大賞予選選者。合同句集『水の星』(2011年)、『鬼』(2016年)いずれも私家版。第一句集『符籙』(左右社、2020年)。共著『諸注評釈 新芭蕉俳句大成』(明治書院、2014年)、『新興俳句アンソロジー 何が新しかったのか』(ふらんす堂、2018年)他。