農薬の粉溶け残る大西日
井上さち
農薬散布が終わり、これで一日の仕事が片付いた。そしてふと粉剤を溶かしていた容器の底を見ると、完全には溶けきらなかった粉が残っていることに気づいたのである。よく混ぜたつもりだったのに、という感情だろうか。何か消化不良の気分が胸底に沈殿しているような気がしたのだろう。西日の気怠さが、その陰影をいっそう濃く見せている。
農の現場を詠んだ俳句はたくさんあるが、農薬散布はあまり詠まれていないのではないか。言うまでもなく、現代の農業では農薬散布はなくてはならない作業だ。農薬を忌避する向きもあるだろうが、それが現実である。
俳句は自然を詠むものという観念のもとでは、おそらく農薬散布のような景は避けられるだろう。都市化する生活環境のもとで、俳句に求められるもののひとつに、「自然を愛でる私」「自然と共生する私」の姿がある。そこでは農の尊さは積極的に詠み込まれるが、反自然の象徴とも見られる農薬散布はないものとされがちだ。
掲句ははそこを敢えて詠んでいる。リアリズムとは、見たくないものさえ見るという姿勢のこととも言えるのだが、そこを徹底している句である。
《水馬草枯らされて行く匂い》《劇とある毒性の欄青嵐》《劇薬は無色透明夏の空》《農薬と汗の軍手を搾りけり》など、否応なく現実を突きつけることで、絵空事ではない農の現場から掴み取った句の質量を読者に感じさせるのである。
(鈴木牛後)
【執筆者プロフィール】
鈴木牛後(すずき・ぎゅうご)
1961年北海道生まれ、北海道在住。「俳句集団【itak】」幹事。「藍生」「雪華」所属。第64回角川俳句賞受賞。句集『根雪と記す』(マルコボ.コム、2012年)、『暖色』(マルコボ.コム、2014年)、『にれかめる』(角川書店、2019年)。
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